ここでミュージカルのお手本としてアリエル(『リトル・マーメイド』)が歌うのが『Part of Your World』であるのは興味深い。 『Part of Your World』は海の底で生きる人魚であるアリエルが、海中で拾った地上の品々を「自分だけの部屋」で愛でながら人間世界に対する憧れ*3を切々と歌い上げるナンバーだ。*4
「わたしは人間たちのいるところに行きたい。 彼らの踊る姿を見たい。 『足』というのだっけ? それで歩き回りたい。 (中略) この海を出て、陸地を自由に歩き回れたらどんなに素敵だろう。 あの世界の一部(Part of that world)になれたら……」
ヴァネロペが出会ったのは王子ではなくシャンクというバッドアスな女性レーサーで、憧れたのは人間世界ではなく犯罪の横行するヤバい世界であるけれども、プリンセス部屋時点でのヴァネロペは『Part of Your World』を歌ったときのアリエルと照応する。
ただ、彼の幸福にはヴァネロペというピースが欠かせない。 『オンライン』でも重要なアイテムとして反復されるクッキーのメダルの由来を思い出してもらいたい。 『1』においてラルフは悪役から脱するためにヒーローの証明となるメダルを手に入れようとしていた。だが彼はその旅の途中でヴァネロペと出会い、彼女のレーシングカーづくりと練習を手伝い、友情の証としてクッキーのメダルを渡される。 そもそも彼が悪役から逃れたがっていたのも一個の人間(ゲームキャラだけど)として繋がれる相手を求めてのことだった。そういう意味ではフィリックスを含めて『2』では打ち解けた仲間がそれなりにいるのだし、ヴァネロペだけに依存しなくてもよさそうなものだけれど、やはりコインをくれる大親友は得難いものだ。 インターネットの世界はヴァネロペのために用意された「未来」であるけれども、原題のタイトルに Ralph ついているように『シュガー・ラッシュ』の主人公はラルフだ。プロット上の要請として、主人公である以上はよりよい変化を勝ち取らねばならない。 ならばその敵が「ヴァネロペに固執するラルフ自身」になるのは必定だろう。 そして、クライマックスが『キングコング』(1933年)になるのも。
なんやかんやあってヴァネロペに対するラルフの執着心は巨大モンスター化して、ヴァネロペを攫ってエンパイアステートビルならぬグーグルのビルへと登る。 『キングコング』は身勝手な人間たちによって森深い孤島からむりやり大都会へと引きずり出されたコングが、惚れた美女を攫って逃走を図る話だった。 『シュガー・ラッシュ:オンライン』の共同監督であるフィル・ジョンストンが『The Art of Ralph Break the Internet』で「これは小さな町から大都市へと出てきた親友同士のふたりが『外の世界』に気づく話なんだ」と証言していることを踏まえると、おなじく田舎から大都市へと図らずも出てきて拒絶と孤独を味わうコングとラルフの共通が見いだせる。 ここでもパロディがストーリーテリングに寄与しているわけだ。
*8:スタッフがインターネットという場がラルフたちに及ぼす影響を語るときに reinforce (補強する、促進する)という動詞を使っているのが興味深い。リッチ・ムーアは「インターネットは彼らの違いを強化する」といい、ストーリー・ディレクターのジム・リアードンは「ふたりがインターネットで出会うキャラクターたちはみんなふたりの抱いている感情を増幅させます」と言っている。:『The Art of Ralph Breaks the Internet』
本来水月同人は非人情的なぐらいピーキーでガチガチのパズラー本格ミステリを書くヒトです。なので最初「ブラッドベリでやる」と聞いたときはいささか不安を催したのですが、実際あがったのを読んでみると杞憂でした。 クラシカルな本格短篇でありながらも、ブラッドベリの叙情がうまい具合に絡まっていい感じのバランスにおさまっています。この企画でしかやれないであろうラストも見事。知らないあいだに人間は大人になっていくのだなと感じました。 執筆中は取材と称してずっと Don’t Starve と Civilization V に興じていたようですが、それらが作品にどのような形で反映されているのかは不明です。 姉は出てきません。
織戸久貴「時間のかかる約束」
リミックス元:シオドア・スタージョン「孤独の円盤」ほか Image may be NSFW. Clik here to view. 第九回創元SF短編賞大森望賞を受賞した百合SFおよび姉ミステリの麒麟児による受賞後第一作。 理に生きエモに死ぬ織戸同人が選んだリミックス元はもちろんスタージョンです。 ある街に出現した謎の円盤と交信する妹、その妹に寄り添う姉、そして彼女たち姉妹の物語をつむぐ作家が巻き込まれるとてつもない実験とは。 作者自身も謎の円盤と交信して「『天体のメソッド』をやれ」というメッセージを受け取り実行したところ、完成後の昨年暮に『天体のメソッド』第二期の発表があったといういわくつきの短篇でもあります。 創元SF代表としてハヤカワ『SFマガジン』を向こうに回して史上最大の百合決戦を単騎挑む織戸先生の姉妹SFミステリをよろしくおねがいします。
リミックス元:スタンリイ・エリン「特別料理」 Image may be NSFW. Clik here to view. 殊能将之論の名著『立ち読み会会報誌』で斯界の話題をさらい、松井和翠さんの『推理小説批評大全 総解説』の巻末座談会にも招かれるなどここ最近のミステリ評論界でプレゼンスが急上昇中、気鋭の論客・孔田多紀同人も創作と評論の二刀流で緊急参戦。 小説がまったく読まれることのなくなった近未来の日本で、学校の図書係に任命された少年が小説好きの図書館司書との交流をつうじてフィクションのよろこびに目覚めていく……と書くとほのぼのした小説讃歌のようですが、ところどころで垣間見せる突き放したクールさに批評性がしのんでいます。 ある種の読書論でもあり、本同人誌全体に対する評論みたいな内容でもある。創作パートの棹尾をかざるにふさわしい小篇。 姉は出てきませんが、心の持ちようによっては同級生というのも姉の範疇ではないでしょうか。
“All the Stars”(『ブラックパンサー』) “I’ll Fight”(『RBG』) “The Place Where Lost Things Go”(『メリー・ポピンズリターンズ』) ★“Shallow”(『アリー スター誕生』) “When a Cowboy Trades His Spurs for Wings”(『バスターのバラード』)
・要するに『アリー』の二曲のうちどちらか、という話で、まあ「Shallow」だろうな、といった感じ。ポテンシャル的には「All the Stars」も十分ありうる。
Free Solo ★RBG Kinder des kalifats Hale County This Morning, This Evening Minding the Gap ・あんまりよくわからんですが、アメリカのリベラルの良心を体現した最高裁判事ルース・ベイダー・ギンズバーグのドキュメンタリーが話題性あって抜けるんじゃないかとおもう。
短編ドキュメンタリー賞
A NIGHT at the Garden ★Black Sheep LIFEBOAT End Game Period. End of Sentence.
映画はキレイに落ちたとはいえ、やはり現実のツケはなかなか精算できないものです。映画で語られなかったドナ・ライスの「その後」はどうだったのでしょうか? ドナは先述のとおり勤めていた会社を退職したのち、七年ほど隠遁生活を送ります。そして1994年に移住先のワシントンDCでビジネスマンのジャック・ヒューズ(Jack Hughes……さかさまにすると Hugh Jack な man ですね)と結婚し、ドナ・ライス・ヒューズとなります。 それと前後して彼女は社会運動家としての活動を開始。保守系のNPO団体 Enough Is Enough のスポークパーソン兼コミュニケーターとして活躍し、児童オンライン保護法(COPA)を始めとした未成年者を対象としたインターネットにおける有害情報へのアクセス規制関連法案に成立に貢献します。現在ではドナは EiE のCEOの座についています。 この団体の直近の活動として話題となったのは、「ナショナル・ポルノ・フリー・Wi-Fi・キャンペーン」でしょう。日本と同じくアメリカのマクドナルドやスターバックスでは無料のWi-Fiスポットが設置されているのですが、当初はろくにフィルタリングもしておらず、子どもだろうが有害サイトにアクセスしほうだいでした。また、その匿名性を利用して児童ポルノの温床になっているという指摘もありました。 EiE はキャンペーンを通じて世論や企業に訴えかけ、マクドナルドに全国規模の、スターバックスに世界規模のフィルタリングポリシーを導入させることに成功しました*7。
このように立派な社会的成果をあげている一方、共和党系議員の妻が立ち上げた団体という出自からか、民主党にとってはちょくちょく頭痛の種を生みだしてもいます。 たとえば、EiE の設立当初から関わって活動していたクリスティーン・オドネルという人は2010年前後にかけ、いわゆる「ティーパーティー系」の新人として三度上院選に挑戦し、いずれも落選したものの、その個性的なキャラクターから話題を呼びました。08年の上院選本戦では88年にゲイリー・ハートと民主党大統領候補の座を争ったジョー・バイデンとマッチアップしたというのですから、歴史のめぐり合わせとは奇妙なものです。*8 そして、めぐりあわせといえばティーパーティーの撒いた種が芽吹いた2016年の大統領選挙。 ドナ・ライス・ヒューズは熱心なトランプ支持派として FOX NEWS をはじめとしたニュースサイトに彼を支持するオピニオン記事を掲載します。*9 子どものころから成年期にいたるまで複数回性的虐待を受け、その経験から子どもたちを有害な表現から守るために戦ってきたドナにとってレイプ疑惑の渦中にいるトランプを支持するのは内面的には苦渋の選択だったようですが、彼女は「彼の謝罪を受け入れ」、「クリスチャンとして」中絶規制や軍備の縮小といったトランプの政策を支持しました。 トランプが当選した夜を『タリーと私の秘密の時間』のセットで迎え、「『スター・ウォーズ』が帝国の勝利という間違った展開になってしまったように感じた。悲しかった」と述懐した*10ライトマンは、その次に撮影予定だった『フロントランナー』で彼が救おうとしていた女性の現在の立ち位置についてどう感じていたのか。
*5:発端は1921年に発表されたマーガレット・アリス・マレーの『西欧における魔女教団(The Witch-Cult in Western Europe: A Study in Anthropology)』。その後の発展と新魔女運動の概要については以下。http://tmochida.jugem.jp/?eid=272
サンダーランドAFCは2019年で創設140周年を迎えるイングランドのプロサッカーチームだ。戦前にトップカテゴリで六度のリーグ制覇を成し遂げた名門として知られ、最近でも入れ替わりの激しいイングランドにあって、2007年から10年にわたってプレミアリーグのカテゴリを保ち続けていた。 長きに渡って不景気にあえぐ港街サンダーランドにとっては数少ない地元の誇りであり、切り離しがたい生活の一部だ。ファン層は文字通り老若男女取り揃えていて、「60、70年前からチームの浮沈を見てきた」なんていう人たちはごろごろいる。教会ではチームの勝利のために祈りが捧げられ、葬式のときにはユニフォームを着た遺体が赤と白の縦縞のチームカラーに彩られた棺に入れられる。 4万8000人収容のホームスタジアム「スタジアム・オブ・ライト」は街の聖地だ。スタジアムやチームのスタッフとして働く地元民も多い。ファンの人々が好んで口にする「サンダーランドこそ我が人生(Sunderland Till I die)」はけして言葉遊びやスローガンではなく、まぎれもなく彼らにとっての現実といえる。 だからこそ、10年ぶりの二部リーグ*1降格はファンに衝撃を与えた。その前の数年間も降格圏内ギリギリで戦ってきていたため、予感はあっただろうが、実際に降格するのとしないのとでは、やはり違う。 とはいえ、一度「落ちた」場所から再生する、という物語もあるだろう。再建のために新監督や新戦力を迎え、チームとファンが一眼となって一年での再昇格を目指す……そんなドキュメンタリーをサンダーランドの経営陣は当初もくろんでいたらしい。*2 しかし、実際できあがったドキュメンタリーは「再生」の物語などではなかった。 カメラが映したのはむしろズルズルと沼の底に引きずり込まれてさらなる深みへと「転落」していくチームの姿だった。
・タワーディフェンスという本来は忙しないジャンルであるにもかかわらず、計画された冗長さをプレイヤーに強いてくるRTS『KINGDOM』シリーズ。そんな狂気のバランスが産んだサントラは、奇跡のリラクゼーションを放ちます。 ・もちろんシリーズ作品である『Kingdom Ost』と『Kingdom: Two crowns』もヨシ。
キュートなアートワーク、ウィットに飛んだダイアログ、深みのあるキャラクター、そしてストーリー。 『ナイト・イン・ザ・ウッズ』は間違いなくここ数年で最良のインディー・アドベンチャーゲームのひとつでしょう。PS4かSwitchかPCを所有している人間が今すぐ買うべきゲーム2019ぶっちぎりナンバーワンです。*1開発元の ininite fall はもちろんのこと、スラングの多用される難易度の高い原語版をかくも丁寧かつ上質に訳したプレイズムの功績も讃えたい。
ベンソンの言のとおり、『ナイト・イン・ザ・ウッズ』からフラナリー・オコナーの影響を汲み取るのはさして難しくありません。日常に根ざした宗教。不完全で欠陥だらけの人間たち。病んだ父親。*4突然のバイオレンス。どこかユーモラスでウィットに富んだ会話。恩寵と救済。 『ナイト・イン・ザ・ウッズ』には神的な「何か」が出てきます。が、それは慈悲深い神などではありません。というか、自ら「神」であることを否認する何かです。主人公のメイに対してとことんまでに冷たく、無関心で、「おまえは宇宙から忘れられている。私はお前を見ているが、それはお前を心配しているからではない」などとキツいことばをつきつけてきます。 フラナリー・オコナーのいくつかの短編でも得体のしれない「何か」が登場します。興味深いことにそのうちの二つは「〜 in the woods」というタイトルがつけられているのです。 ひとつは「森の景色(A View in the Woods)」。偏屈な地主の老人が険悪な仲である娘婿に嫌がらせするために、娘婿が放牧に使っている土地を売ろうとします。しかし老人が唯一心を許してかわいがっていた孫娘は、父親が仕事場を失うことを嫌がり、売却に反対します。 彼女は猫可愛がりしてくれる祖父よりも、なにかにつけ自分を折檻する父親のほうを愛してしたのです。軽んじられた老人はより頑なになり、土地の売却を強行。しかし、売買契約を結んだ途端に孫娘はおもいがけない暴力をふるいだし、その姿に憎むべき娘婿の姿を見た老人は怒りに身を任せて彼女を殺してしまいます。 直後、老人はかねてから弱っていた心臓が発作を起こし、臨死体験なのかなんなのか超現実的な光景を幻視します。そこで「怪物」を目撃するのです。
もうひとつは「An Afternoon in the Woods」。 初期作品である「七面鳥(The Turkey)」(1948)の最終改訂版に付された題名で、オコナーの生前に世へ出ることはなく、死後出版された『Collected Works』(1988)にようやく収録された作品です。 主人公の名前*6や年齢など細かな違いはあるものの、「An Afternoon in the Woods」と「七面鳥」のプロットはほとんど同じです。*7 主人公は十歳くらいの少年。彼は森で七面鳥を追いかけています。七面鳥を捕獲すれば、家族や町の人々が自分を褒めてくれるはず、問題を起こしてばかりの厄介者の兄とは違って価値ある人間だと証明できるはずーーそう考えてのことです。 しかし苦労の甲斐なく七面鳥を逃してしまい、彼は神を呪うことばを吐きます。そうして森を出ようとしたところで、傷を負って死んでいる大きな七面鳥に出くわします。 彼は喜び勇んで七面鳥を抱え、家への帰路につきます。ついでに神を呪ったことを埋め合わせるため、道中で出会った浮浪者に無理やり十セント硬貨を施したりもします。 ところが、罪の意識を帳消しにして安心したのもつかの間、年長の少年たちの一団に出くわし、七面鳥を強奪されてしまいます。 ラストの場面で、少年は後ろから「おそろしいなにものか」が迫ってくる恐怖をおぼえながら、必死で家まで駆け出します。
少年につかみかかろうとした「おそろしいなにものか」の正体は何なんなのか。森で悪態をついたときに少年がおそるおそる背後を確認する場面もありますが、そこにいるかもしれなかったのは神なのか、それとも他のなにかなのか。 オコナーの最初期、修士論文として提出した六作品のなかでは「オコナーが後の作品で常に読者に問いかけてくる、神と人との関わりについて示唆」*8する部分が最も色濃い一篇です。 タイトルの「An Afternoon in the Woods」は『Night in the Woods』の対になるとも読み取れます。果たして制作陣にどこまでその意識があったのか。