今観たい映画ナンバーワン
wikipediaに載っているあらすじをそのまま訳すと以下のようになる。
ジェイムズ・ポープは赤ん坊のころに病院から誘拐され、以来子供時代から大人になるまでずっと地下シェルターで『ブリグズビー・ベアー』以外のことを一切知らずに生きてきた。『ブリグズビー・ベアー』とは両親になりかわった誘拐犯夫婦によって制作された架空の子供向けTVショーのことだ。
ある日、ジェイムズはシェルターから助け出される。現実世界へと放り出された彼は『ブリグズビー・ベアー』が実際の子供向け番組ではなかったと知る。
他にも色んな出来事につぎつぎと直面し、困惑極まってしまうジェイムズ。彼は『ブリグズビー・ベアー』の映画版制作を決意し、この現実世界で学んだことを映画によって語ろうとするが……。
なんのあらすじかって、今月末に全米で公開される新作映画『Brigsby Bear(ブリグズビー・ベア)』のあらすじだ。
監督はデイヴ・マッカリー。主演兼脚本のカイル・ムーニーとは幼馴染らしく、人気コメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』時代もムーニーはコメディアンとして、マッカリーは番組の監督*1としてキャリアを積んできた。そのためか、アンディ・サムバーグをはリーダーとする人気コミックバンド「ロンリー・アイランド」やミシェラ・ワトキンズといったSNLの人脈がプローデューサーやキャストに活かされている。
そしてプロダクションを担当するのはフィル・ロードとクリストファー・ミラーの制作会社「ロード・ミラー・プロダクション」*2。さらに音楽を担当するのはジェフ・ニコルズ(『ラビング』、『MUD』)の盟友デイヴィッド・ウィンゴーと聞けば、この座組だけで傑作の予感しかしない。
映画批評家の評価を集計する映画情報サイト Rotten Tomatoes でも今のところ評価は上々だ。
しかしまあなんといっても、私たちの乙女ごころをくすぐるのはストーリーと設定だ。
聞いてるだけでワクワクするような展開で、ティーザー予告に出てくる「こんなプロット観たことねえ!」という賞賛コメントはけして過褒ではない。総体としては。
あくまで、総体としては。
誘拐され、監禁され、奪われて
部分部分はどこかで最近見たおぼえがある。*3
地下シェルターに監禁されて誘拐犯からとんでもない法螺を吹き込まれた子どもがエキセントリックな人物に成長してしまうのは、TVドラマ『アンブレイカブル・キミー・シュミット』(2015-)だし、
生まれたときから外の世界との接触を禁じられフィクションだけを見て育ったこどもが、はじめて触れた現実世界のカオスを映画制作によってセラピー的に乗り越えようと試みる展開はドキュメンタリー『ウルフ・パック』(2015、クリスタル・モーゼル監督)だ。
監禁ものだとアカデミー賞にもノミネートされた『ルーム』(2015、レニー・アブラハムソン監督)なんてのもあった。
いずれもここ一、ニ年の作品だ。
これら三作は共通して、長期間の監禁生活を強いられたこどもたちを描いている。*4しかし、『隣の家の少女』(2007、 グレゴリー・M・ウィルソン監督)のように監禁生活そのものの描写をメインとはせず、むしろ監禁から脱したあとのこどもたち(あるいは元こどもたち)がどう社会に適応していくかを主眼に置いている。つまりは、青春を理不尽に奪われ、他者と関わることが一切なかったピュアな人々が、どうやってサヴァイブしていくのか、だ。
アンブレイカブル・キミー・シュミット予告編 - Netflix [HD]
14歳からの15年間の監禁生活を経て社会復帰した『キミー・シュミット』のキミーはニューヨークという世界でも有数の最先端都市で、トランスジェンダーの黒人デブとルームシェアしながら少しづつ現代社会を学んできて、数々のトラブルを引き起こしながらもNY生活に馴染んでいく。
『ルーム』の主人公ジョイは誘拐犯にレイプされて子どもを産み、5歳になった彼の助けを借りて監禁部屋からの脱出に成功する。幼い息子は大した苦労もなく常識のギャップを埋めていき、すぐに世間に適応するのだけれど、24歳のジョイにはそれが果てしなく困難だ。マスコミを含めた世間からの好奇の目、野蛮な犯人から「傷物」にされてしまった娘に対する親の視線、その犯人の子を産んでしまったこと……そうしたストレスにジョイは圧しつぶされそうになる。
The Wolfpack | Trailer | New Release
『ウルフ・パック』では親からようやく外に出ることを許された兄弟たちの長男坊がいさんで働きに出る。しかし、子どものころから他人との会話を映画でしか学んでこなかった長男の喋り口はどこか芝居がかっていて不自然だ。まともな若者同士の会話ができない。そのため彼は徐々にバイト先で疎外感をおぼえだす。
wikipediaのあらすじを読むかぎり、Brigsby Bear もこれら三作品のような「世間との齟齬」にさらされるのだろう。
なぜアメリカ人は適応の物語を描くのか
なぜこうした「監禁から解放&適応」ものが近年立て続けにアメリカで撮られるようになったのだろう。
理由はいくつか考えられる。
まず思いつくのは、「社会とのディスコミュニケーションと適応は普遍的なテーマだから」だ。
長期間の誘拐監禁という一見過激で極端な設定に何かと眼を奪われがちになってしまうけれども、そこを抜きにして眺めれば「ルールがわからないまま社会に放り出されて、それでもそこでコミュニケーションをとって生きなければならない」という誰でも経験する社会化のプロセスが浮き上がってくる。
映画のキャラクターたちは常に観客のディサビリティやコンプレックスが増幅した形で現れる。だからこそ感情移入の対象となりやすく、設定そのものが現実離れしていたとしても共感を呼ぶのだ。
ちなみに「それでも生きなければならない」という課題は、同じく監禁・偽の物語・解放を扱ったディストピアSF『アイランド』(マイケル・ベイ監督)や『わたしを離さないで』(マーク・ロマネク監督)における「それでも死ななければならない」という課題とは真逆の問題設定だ。現実世界は死を強制してくるがゆえにおそろしいのではなくて、生存を強制してくるがゆえにむずかしい。
もうひとつは、逆に「長期間の誘拐監禁にこそ普遍性がある」という観方。
日本でもこのところエッセイ漫画の分野で『カルト村で生まれました。』(高田かや)や『ゆがみちゃん』(原わた)といった、いわゆる「毒親」によって子供としての大事な時期や青春を奪われた人々の体験記が人気を博しており、『みちくさ日記』(道草晴子)などの精神病闘病記もなどを含めて人生サバイバルエッセイとでも呼ぶべきサブジャンルを形成している。
病んだ家族や共同体によって可能性を奪われてしまうこどもの話は昔から映画でもよく描かれてきた。サブジャンルの「機能不全家族」もののさらにサブジャンル」といったところだろうか。
「毒親」概念に最も近い作品といえば、古くは実在の人気女優による児童虐待をもとにした『愛と憎しみの伝説』(1981、フランク・ペリー監督)、最近では昨年のアカデミー賞にノミネートされた『フェンス』(デンゼル・ワシントン監督)あたりだろうか。どちらもフォーカスしているのは親のほうではあるけれど。*5
むしろ日本の「毒親」エッセイまんがに近いのは『フェンス』をおしのけてアカデミー作品賞を果たした『ムーンライト』(バリー・ジェンキンス監督)なのかもしれない。
まさに「毒親」とゲイを抑圧する世間に挟まれて青春を喪失し、過去の傷を抱えながら独り立ちする男の話だ。*6
日本の「毒親」ものと監禁&解放もの(呼び方がコロコロ変わるな)の共通点は「根深いトラウマを植え付けられたうえに、一般的な常識や教育を欠いたまま大人になって社会へと放り出される(自分の意志で脱出する)」点だ。
悲しいことに似たようなトラウマを背負ったこどもたちはたくさんいて、あるいはトラウマとまではいかずともどこかで他者に自分の可能性を理不尽に奪われたという記憶を抱える人たちもいて、だからこそ「毒親」ものや監禁&解放ものの子どもたちに感情移入してしまう。
どこかで監禁され、レイプされ、何かしらの可能性を奪われてしまった子ども時代の感覚。その責任を実際問題として他者に求めることに正当性があるかどうかは別にしても、感じてしまう心はどうしようもない。
負った傷を癒す方法はいくつか存在する。
フィクションを描く、というのもそうした手段のひとつであり、だから Brigsby Bear の主人公も映画を撮ることになるのだろう。たぶん。観てないのでわからんが。観ないとわからないよ、そういうことは。
というわけで、ソニー・ピクチャーズさんはすみやかに本作を日本に持ってくるように。DVDスルーでもいいからさ。
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*1:全体のディレクターではなく、スケッチと呼ばれるコント単位での監督
*2:ロードとミラーはプロデューサーも兼任
*3:wikipediaに書かれたあらすじはおそらく導入部かせいぜい中盤までの展開にすぎないだろうし、もしかしたら終盤に「みたこともない」衝撃の展開が待ち受けているのかもしれない。ここで言及するのはプロット全体の話ではなく、あくまで上記の wikipediaの記述部
*4:『ウルフ・パック』は劇中で明言されないが、あきらかにヒッピーの親が強制的にこどもたちを監禁状況に置いている
*5:書き終わってから『塔の上のラプンツェル』も毒親と監禁の話だったよなあ、と思い出した。そういえば、ギリシャにも『籠の中の乙女』なんて珍品があったけれど、あれは色々特殊すぎるので……
*6:もちろん喪失しっぱなしではなく、回復こそ重要になってくるのだが、そこを書くとネタバレになるので