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『君の名は。』はアカデミー賞を穫れるか? :今年の有力海外アニメ映画の状況

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 結論からいうと、たぶん無理。


『君の名は。』オスカー候補に名乗り!第89回アカデミー賞長編アニメ部門の審査対象作品に - シネマトゥデイ


 この一報を目にしたとき、「正気か?」と関係者の判断を疑った。
「『君の名は。』がオスカー穫れる実力なんてあるわけないじゃん」と言いたいわけではない。
 個人の感想はあるだろうれど、『君の名は。』が今年の日本アニメ界を代表する作品であることは間違いないし、数少ない海外批評家レビューや一般観客の評価でも大絶賛されている。
 世界のミヤザキの後継者筆頭として、例年ならば、受賞は時期尚早にしてもノミネートくらいされていたかもしれない。例年ならば。たとえば、『ベイマックス』が受賞したような年であれば。

 今年は、ヤバい。
 面子がすごい。

 去年が神心会空手の全国大会だとすれば、今年は最大トーナメントに最強死刑囚編と大擂台賽編をあわせたくらいヤバい。


 そういうわけで今年の海外アニメ全選手入場ッ!

アメリカ国内スタジオ組

 もともと激戦は予想されていた。

 なにせアナ雪(2013年度受賞)と『ベイマックス』(2014年度受賞)で二年連続のオスカー獲得を果たし、完全復活を遂げたディズニーが満を持してズートピア(Zootopia)』『モアナと伝説の海(Moana)』という二大大作をぶちこんでくるスケジュール。

『ズートピア』予告編

『モアナと伝説の海』予告編


 絶対王者ピクサーも負けじとオスカー受賞作*1ファインディング・ニモ』の続編、『ファインディング・ドリー(Finding Dory)』へ二度の受賞経験*2を持つベテラン、アンドリュー・スタントン監督を投入。

「ファインディング・ドリー MovieNEX」予告編


 この二大スタジオだけでノミネーション枠五枠のうち三枠は埋まるだろう。
 年度開始時点ではそう予想されていた。そして、実際に『ズートピア』と『ドリー』は記録的なメガヒットを飛ばし、両作とも全世界興収で十億ドルを突破した。十億ドルである。円ではない。ドルで、十億。米国内だけの興収を観ても、現時点で『ドリー』が約四億八千五百万ドルで堂々の第一位。『ズートピア』も『バットマン vs スーパーマン』を上回って約三億四千百万ドルで第六位にランクインしている。
 当然ながら、両者ともに批評家の評価も高い。特に『ズートピア』は全米の映画批評家の実に九十八%が支持*3しており、公開当初は「今年はこれで決まり!」の声も高かった。
 『モアナ』はまだ日米ともに未公開であるが、スタッフからキャストまで『ズートピア』以上の豪華メンツを集め、前評判は相当に高い。今年の上半期に公開したために印象の薄れてしまいがちな『ズートピア』の先行をひっくりかえして、一気に受賞本命となる可能性も大いにありうる。


 ところが、ディズニー/ピクサーのライヴァルたちも今年はなぜか気合が入りまくっている。

 米国内のスタジオとしてはディズニーに肩をならべるノミネート常連であるドリームワークス。
 ドリワはディズニーのハワイアンミュージカル『モアナ』に対抗すべく、歌手のジャスティン・ティンバーレイクアナ・ケンドリックといったミュージカル映画で既に確固たる評判を確立した鉄板俳優を主演声優に据え、名曲カバーとオリジナル楽曲の二正面ミュージカル『Trolls』を制作。
 アメリカではつい先週公開され、マーベルの話題作『ドクター・ストレンジ』に続き二位にランクインした。批評家の反応も上々だ。特にサントラは高評価を受けている。主題歌はアカデミー歌曲賞へのノミネートが有力視されている模様。

TROLLS | Official Trailer #1


 また、ドリワは一月に『カンフーパンダ』シリーズの最新作『カンフーパンダ3(Kung Fu Panda 3)』を公開し、世界興収五億ドル(国内一・四億)を達成。広範に支持を獲得しており、「シリーズ最高傑作」の呼び声も高い。今となってはすっかりかすんでしまった感があるけれどもまあがんばれ。

映画「カンフー・パンダ3」予告1


 米国内スタジオでは過去作すべてでノミネーションを経験しているストップモーションアニメ界の雄、ライカ(『コラライン』や『パラノーマン』など)を忘れてはいけない。
 悲願の初オスカーを狙うライカはジャポネスク趣味に振った渾身の大作『Kubo and Two Strings』を発表。これが元々評価の高かったライカでもずばぬけた会心作として批評家筋で絶賛を受け、オスカー戦線の大本命に躍り出た。ジャポネスクがオスカー戦線で強いのは『千と千尋の神隠し』と『ベイマックス』で証明済み。

KUBO AND THE TWO STRINGS - Official Trailer [HD] - In Theaters August 2016


 新作をリリースするごとに総スカンを食らってきたガッカリの殿堂ソニーも今年は何かが違う。
 そう、現在日本でも公開中の『ソーセージ・パーティ(Sausage Party)』があるからだ。
 アメリカコメディ界で猛威を奮うセス・ローゲン&アキヴァ・ゴールズマンのコンビ(『ディス・イズ・ジ・エンド』等)が初のアニメに挑戦した本作は、そのお下劣ネタの嵐で下ネタ大好きなアメリカ人から賞賛を浴びまくった。

映画 『ソーセージ・パーティー』 予告

 これも日本で現在公開中だが、コウノトリ大作戦!(Storks)』も忘れちゃいけない。
 ピクサーお家芸である疑似家族・子育て系ロードムービーにしょーもないスラップスティックギャグをまぶした正統派家族向けアニメである。こちらもセス・ローゲンらと同じ「アメリカ・コメディ界のゴッドファーザー」(by 長谷川町蔵ジャド・アパトー一派出身のニコラス・ストーラー監督。

映画『コウノトリ大作戦!』本予告【HD】2016年11月3日公開

 ちなみに同じトリネタだと『アングリーバード(Angry Birds)』もあったけど……まあこれは無理か。


 『怪盗グルー』のフランチャンズでヒットメーカーとしてのしあがり、次世代のピクサーの呼び声も高いユニバーサル傘下イルミネーション・スタジオからはキュートな二作品がエントリー。
 このうちペットたちの知らざる日常と冒険を追った『ペット(The Secret Life of Pets)』は国内三・六億ドル(世界八・七億ドル)を稼ぎ、国内興収ランキングでは目下のところ『ジャングル・ブック』を二百万ドルの僅差で抑えて年間三位にランクイン。ディズニー勢の一位二位三位独占を阻んでいる。
 米国屈指のドル箱スタジオであるにもかかわらず、賞レースではあまり恵まれてこなかったイルミネーションだが、『ペット』は作品としての評価も高いだけに期待が持てる。

映画『ペット』吹替版予告編

 しかし、イルミネーションの本命はなんといってもミュージカル映画『SING/シング(SING)』だろう。『銀河ヒッチハイクガイド』や『リトル・ランボーズ』といった実写映画でカルト的人気を博すガース・ジェニングスを監督・脚本に迎え、主演にマシュー・マコノヒー、助演にリース・ウィザースプーンセス・マクファーレンスカーレット・ヨハンソンジョン・C・ライリー、タロン・エジャートン、レスリー・ジョーンズといった超豪華声優陣で同じく有力ミュージカルである『モアナ』や『Trolls』を迎え撃つ。一説には、エドガー・ライトウェス・アンダーソンカメオ出演するとか。本気だ。
 先行レビューでの評判も上々だが、一方でトロント国際映画祭ではあまり評判がよくなかったなどの不安材料もある。

映画『SING/シング』日本語吹替え版 特報


 昨年、『I LOVE スヌーピー(Peanuts the movie)』でゴールデングローブ賞ノミネートを果たした21世紀フォックス傘下ブルー・スカイ・スタジオだが、アメリカの主要スタジオでは唯一元気がない。『アイス・エイジ』シリーズ五作目となる『Ice Age: Collision Course』は批評的にも興行的にも大失敗してしまった。これでシリーズは打ち止めか?

 あと独立プロダクション系は情報少ないのでよくわからないんですが、1966年に起きたテキサスタワー銃乱射事件を描いたアニメドキュメンタリー『Tower』が今年公開された映画全体の中でもトップクラスの評価を受けてます。

www.youtube.com

 ただ、これはアニメ枠じゃなくて長編ドキュメンタリー部門行くかなあ。


ヨーロッパからの刺客

 長編アニメーション賞では「ヨーロッパ枠」とでも呼ぶべきか、毎年必ずヨーロッパ系アニメが毎年一作はノミネートされる。暗黙の了解みたいなものだけれど、大変に意義のある文化的なコンセンサスでまことにけっこうだと存じますが、こういう福祉のせいで『レゴ・ムービー』みたいな作品がノミネートを逃すこともあると思うと結構複雑。
 逆にゴールデングローブ賞みたいにアメリカ作品オンリーイベントみたいな顔ぶれになられてもそれはそれでアレなんですが。


 ヨーロッパの雄フランス勢は2010年代に入ってから『イリュージョニスト(L'Illusionniste)』(2010年)、『パリ猫ディノの夜(Une vie de chat)』(2011年)、『アーネストとセレスティーヌ(Ernest et Célestine)』(2013年)とノミネート作を三作品輩出している。
 あにはからんや、今年はそのフランス勢が史上稀に見る大豊年だ。

 まず有力視されているのが世界最大規模を誇る国際アニメーション映画祭、アヌシー国際アニメーション映画祭で2015年に最高賞に輝いた『April and the Extraordinary World(Avril et le Monde Truqué)』だ。スチームパンクな世界観の十九世紀パリを舞台に想像力豊かかつエレガントに描き出した活劇は、すでにアメリカでも多数の評論家から最高級の支持を獲得している。

April and the Extraordinary World Trailer 1 (2016) - Animated Movie HD


 その『April』を2016年のセザール賞(フランスのアカデミー賞に相当)の長編アニメーション賞で破ったのが日本でも昨年公開された『リトル・プリンス 星の王子さまLe Petit Prince)』だ。サン=テグジュペリの名作寓話を原作にした『カンフー・パンダ』のマーク・オズボーン畢生のプロジェクト。製作国こそフランスだが、俳優は英語圏の有名俳優がずらりとならんでおり、当然劇中で話される言語も英語。
 その評価の高さにもかかわらず、アメリカでは配給元が見つからなかったせいで公開が遅れてしまい、一時はお蔵入りさえ危ぶまれたが、我らが NETFLIXが男気を見せて配給を買って出た。
 そういう経緯もあってか、日本でもNETFLIXで観られるようになっている。

映画『リトルプリンス 星の王子さまと私』日本語吹替版予告編【HD】2015年11月21日公開


 この二作に負けず劣らずの評判なのが2016年のアヌシーで最高賞をかっさらった人形アニメ『My Life as a Zucchini(Ma vie de courgette)』。すでに鑑賞した数少ない批評家のあいだでは『君の名は。』に劣らぬ大絶賛を浴びている。アヌシーの異なる年の覇者が同年度内にぶつかりあう椿事もまた二〇一六年度の魔性ゆえか。

My Life as a Courgette / Ma vie de Courgette (2016) - Trailer (English Subs)


 だが、フランス勢の真打ちはなんといっても日本でも(おもにスタジオ・ジブリ製作と圧倒的な不入りで)話題になった『レッド・タートル』だろう。厳密にはフランスと日本の共同制作だが、監督はフランス人。先のカンヌ国際映画祭ではある視点部門*4で特別賞を獲得。前評判の高さは折り紙付きだ。その息を呑む映像美と映画的表現でどれだけの観客を魅了できるか。

『レッドタートル ある島の物語』予告


 ヨーロッパ勢のダークホースともいえるのは、フランス・デンマーク共同制作の『Long Way North(Tout En Haut Du Monde)』。北極点を目指す途上で行方不明になった祖父を探すため、勇敢な孫娘が旅に出る本作は、東京アニメアワードフェスティバル2016のコンペ部門でグランプリを獲得した。
 アメリカでは九月にひっそりと限定公開され、その独特のタッチと魅力的なアニメーションで高評価を獲得。賞レースの有力なコンテンダーのひとつにかぞえられる次第となった。

Long Way North Official Trailer 1 (2016) - Rémi Chayé Movie


 上記フランス五人衆からすれば格はやや落ちるものの、2015年の東京アニメアワードフェスティバルでコンペ部門優秀賞*5を獲得した『Mune: Guardian of the Moon(Mune, le gardien de la lune)』もあなどりがたい。

Mune: The Guardian of the Moon Trailer (2015) HD


 2011年のアカデミー賞ノミネート作『パリ猫ディノの夜』の監督コンビ、ジャン=ルー・フェリシオリとアラン・ガニョルが放つスーパーナチュラル冒険物語『Phantom Boy』もアメリカですでに公開されて高い支持を得た。*6

Phantom Boy (2015) - Trailer English


 以上、このなかから最低一作は最終ノミネーション入りするものとおもわれる。が、別のヨーロッパ作品(イギリスあたり)や去年みたく南米からという手もあるので油断はできない。最近は中国アニメ(『Monkey Magic』あたり?)もがんばってることだし。乱入者は地下バトルにつきものである。
 カナダでもエル・ファニングデイン・デハーン主演バレリーナ映画『Ballerina』や、ジェイムズ・マーズデン主演のオリジナルスーパーヒーロー映画『Henchmen』の郊外が控えていて、いまのところ評判は一切聞こえてこないもののおもしろそう。

 そういえば、今年は『ウォレスとグルミット』のアードマンスタジオはなにも出さないのかね。

日本代表たち。

 去年まで三年連続で最終ノミネーション入りを果たしていたジブリは死んだ。

 では日本の映画アニメーションもまた死んだのか?

 そうではない。そう謳うのは『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国』の巨匠・原恵一だ。彼は敬愛する杉浦日向子の原作漫画をもとに大江戸ロマネスク百日紅(Miss Hokusai)』を送り出し、海外のアニメファンたちを江戸の虜にした。現状、日本勢で最終ノミネーション入りが最有力視されているのは本作である。

Miss Hokusai Official US Release Trailer (2016) - Animated Movie


 この予想に待ったをかけたのが我らが『君の名は。(Your Name.)』である。

君の名は。』は最最最終候補五作に残ることができるか?

 冒頭のリンク記事にもあるように、アカデミー賞の対象になるためには期間内、具体的にいえば今年の一月始から十二月末までのあいだにロサンゼルスの劇場で一定期間興行しなければならない。上に挙げた作品、特にヨーロッパ系だとその条件を満たせないものも出てくるかもしれない。

 で、その条件を満たした作品のなかからまず十数作がショートリストとしてしぼられる。去年は十一月の今の時期あたりにショートリストが出ていたような気もするけれど、今年はまだ見ない。

 そして、最終的にその十数作のショートリストから更に五作品を絞込み、二月の本番を迎えるわけだ。

 わたしたちの最大の興味はこの最終五作品にどれが残るか、だ。
 はじめに「『君の名は。』は無理目かも」といったけれど、絶望的に芽がないわけでもない。
 アメリカで受ける日本映画はオリエンタルな要素が強い。長編アニメーション賞の日本勢唯一の受賞作が『千と千尋の神隠し』であることを思い出していただきたい。
 そこへもってきて、『君の名は。』はど田舎の学園風景、TOKYOのゴミゴミとした雑踏、なんだかファンタスティックな神話要素などといったものがとにかく美しく描かれている。僕はアメリカ人じゃないのでアメリカ人の好みをよく知りませんが、なんかアメリカのお菓子とか見てると毒々しいまでにキラキラしてるし、きっとキラキラしたアニメも好きなんじゃないかな。

 このキラキラオリエンタル推しがハマれば、カブトムシの鎧武者とかが出てくる『Kubo and Two Strings』などはいくらアートワークが上等だろうと所詮エセ日本。モノホンのクールジャパンの敵ではないはず。たぶん。
 しかし、モノホンのクールジャパンといえばミス・ホクサイこと『百日紅』も控えているわけで、こちらはチョンマゲ、サムライの時代を扱っているだけあってよりオリエンタル感では強い。ゲエ―ッ、なんということだ、敵は身内にいたのか。

 もっともアートとエンタメがぶつかれば、エンタメが勝つのが長編アニメーション賞の風土だ。見た目にもわかりやすい『君の名は。』は『百日紅』より支持を得やすいことは明らかである。おや、意外と芽があるかんじになってきたぞ。
 こんな感じのノリで、三年連続ノミネートされてきたジブリ枠の浮いたところへ日本代表として滑りこめば意外とノミネートまではいけるかもしれない。
 いやいける。
 きっといけるぞ!
 うおーっ。

わたしの最終ノミネーション予想。

 そういうわけで以下が僕の最終候補五作品の予想です。


 『Kubo and Two Strings』
 『ズートピア
 『ファインディング・ドリー
 『レッド・タートル』
 『APRIL AND THE EXTRAORDINARY WORLD』

    • 次点---

『モアナ』
百日紅
『ペット』
『リトル・プリンス』
『Longways north』
君の名は。
『My Life as a Zucchini』


 受賞をあらそうならエンタメが勝つのが長編アニメーション賞だけど、日本勢に求められているのはアートなのよね……まあでもあっちの人からすれば『君の名は。』は全然アートかもしれない。
 それはともかく、『ドリー』は入るか微妙なんですよね。続編だし。アメリカアニメーション史上最高の興収をあげたからには入れないわけにはいかないと思いますが……。


 受賞は『Kubo』になったらいいなと思います。
 いいかげんライカアニメの日本でのほっとかれ具合がやばいので、受賞でもしてくれないと日本で公開してくれないのでは? という思いがあります。


The Art of Kubo and the Two Strings (The Art of...)

The Art of Kubo and the Two Strings (The Art of...)

*1:2003年度

*2:『ニモ』と『WALL-E』

*3:RottenTomatoes.com調べ

*4:コンペ部門の二部みたいなもん

*5:最優秀賞は『ソング・オブ・シー』

*6:日本でも広島国際アニメーションフェスティバルで上映されたそう。観たかったなあ。


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