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ウサギ帽子の謎と、絵本作家ジョン・クラッセンはどこから来たのか。

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前回までのあらすじ

 半年くらいまえにジョン・クラッセンの紹介記事を書こうとしたが途中で飽きて放置してたけれど、なんかtwitter で盛り上がってるっぽいのでこれはクラッセン・ブームが来るなと思ってがんばって完成させようとした。

どこいったん

どこいったん


ジョン・クラッセンという人

 ジョン・クラッセン。カナダ出身。苗字の語感からするとスカンジナビア系でしょうか。
 絵本作家として大成する以前の彼はアニメーターでした。
 カナダの名門シェリダン・カレッジ*1の卒業生で、彼自身もLAへ移住してドリームワークスへ就職*2。『カンフーパンダ』や『コララインとボタンの魔女*3といった作品に携わり、09年にはかのデイヴィッド・オライリー*4が監督したU2*5のMV「I’ll Go Crazy If I Don’t Go Crazy Tonight」のアート・ディレクターも勤めています。

 しかし彼自身はアニメーター生活に何かフィットしないものを感じていたようで、この時期あるインタビューに答えて「アニメーションスタジオの仕事はちっとも進行しないんだ……ときどき、コップの水を池に注ぎ足す作業と何が違うんだろうって感じることがあるよ」と漏らしていました。

 そんな報われない若手アニメーターの潮目が変わったのが、2010年のこと。
 彼は作画担当として関わった絵本『Cats’ Night Out』*6でカナダの絵本賞を受賞します。
 これにより一躍新進気鋭の絵本画家として評価を高めると、翌年に出版したオリジナル絵本『I Want My Hat Back(邦題:『どこいったん』)』でニューヨーク・タイムズ紙の「2011年の子供向け絵本ベスト10」に選出。さらにはそのシュールでキャッチーな絵面からネットでも認知されて改変ネタが大流行します。*7

 そして、2012年に出版した『This is Not My Hat(邦題:『ちがうねん』)』でアメリカで最も権威ある絵本の賞であるコールデコット賞を勝ち取り、北米における若手ナンバーワン絵本作家としての地位を不動のものとします。2016年には、冒頭のリンク先にもあるように、ロンドンのナショナル・シアターで『どこいったん』が子ども向けに舞台化もされました。*8

 それからは毎年のように絵本賞を受賞、いまや今一番勢いのある絵本作家としてその筋で知らぬものはいない人です。日本だと翻訳家の柴田元幸もファンらしく、自分の編集している文芸誌の表紙アートを依頼したり、インタビューも行っています


 以上がまあ、英語版 wikipediaの記事から読み取れる彼の経歴です。

作品紹介

 ジョン・クラッセンの仕事は「おはなしと絵の両方を担当するもの」と「他人の書いたおはなしに絵をつけたもの(いわゆる挿絵)」のふたつに大別されます。後者の作品で邦訳されているものとしては『アナベルとふしぎなけいと』(マーク・バーネット著)、『サムとデイブ、あなをほる』(マーク・バーネット著)、『木に持ちあげられた家』(テッド・クーザー著)、『くらやみ こわいよ』(レモニー・ス二ケット著)あたり。このうちでオススメなのは『くらやみ こわいよ』でしょうか。子供時代に誰もが抱いていた暗闇や蔭への漠然とした恐怖、そしてその恐怖と表裏一体の誘惑をやさしくもクールに描き出した秀作です。
 ちなみに『くらやみ こわいよ』は英語版が kindle化されていて日本のストアからでも買えます。いい大人だけど子持ちに見られるほど年食ってない微妙なお年ごろだったり、絵本は場所を取るからあんまり買いたくないという方は、ぜひこの電子版を検討あれ。絵本なので、英語も簡単ですしね。

The Dark (English Edition)

The Dark (English Edition)


 それはさておきつ。
 挿絵画家としてスタートしたものの、ジョン・クラッセンの本領は「おはなしと絵の両方を担当するもの」にあります。アニメーターであった彼にとって、ストーリーテリングと絵は不可分なのです。
 2016年9月時点でクラッセンが上梓したオリジナル絵本は二冊、『どこいったん』と『ちがうねん』です。邦題の存在が示す通りどちらも邦訳があって、クレヨンハウスから長谷川義史訳で出ています。
 <帽子シリーズ>とでも呼びましょうか、動物たちがステキな帽子にやたら執着するシリーズです。

ちがうねん

ちがうねん

 絵本を文で説明することの不粋を承知でかんたんにまとめますと、
 『どこいったん』は、大事な帽子を紛失してしまったクマがさまざまな動物たちに「帽子をみなかったかい?」と聞き込みを行う探索行。
 『ちがうねん』は大きな魚からステキな帽子を盗んで逃げる小魚の逃避行。
 この二作で、盗られる側と盗る側の心理に両面から迫っているわけですね。

 水彩のタッチでフラットに描かれる動物たちはどこか異質である反面、いい具合に心ない印象で、その雰囲気が可愛らしさとともにおかしみを誘います。

「クマの目を怒らせようかと思ったんだけど、それだと子どもたちにとってショッキングすぎるかもしれない。ウサギの目ももっと可愛くしようとしたけれど、そうするとラストが残酷すぎる…。だからクマの怒りはページを赤くすることで表現して(映画『キル・ビル』みたいに)、ウサギの目はとぼけていて反省の色が見えないようにしたんだ」
東京国際文芸フェスティバル - タイムライン | Facebook

 オチはどちらも残酷無惨*9。とぼけた雰囲気からの落差もあってなかなかショッキングです。
 系統としては、エドワード・ゴーリーとまではいかないものの、『ねないこだれだ』的な幼子心に爪痕を残しつつもクセになる、心根の捻くれた少年少女を育むうえで欠かせない現代のクラシックですね。

 ちなみにこの<帽子シリーズ>は、2016年10月に三作目が発売される予定です。
 タイトルは『We Found a Hat』。
 二匹のカメが偶然見つけたステキな帽子を取り合う話のようですね。日本に来るのがいつになるかわかりませんが、現状の人気であればお目見えするのもそう遠くはないでしょう。

カナダ帽子の謎

 さて、健全な好奇心を持ったおとなであれば、当然次のような疑問を抱くことかと思います。: なぜ、「帽子」なのか。この「帽子」はどこからやってきたのか。
 この素朴なギモンに答えたインタビューはおそらく日本にはない。*10

 それを探るためには、彼が絵本作家デビューする前に作ったコミックにまで遡る必要があります。
 以下はネタバレ、といいますか。

『The Rabbit Mayor』

 僕がそもそもジョン・クラッセンの名と絵を認識しだしたのは『flight』という英語圏のアニメーターやら漫画家やらが集まって作った同人誌? みたいなアンソロジーを読んだ折でした。
 『Flight』の四巻*11にジョン・クラッセンの『The Rabbit Mayor』という短編が掲載されていたのです。
 『The Rabbit Mayor』は南米マヤ族のおとぎばなし「サンダルを投げたウサギ」が基になってます。あらすじを説明しますと:

 〜たのしいマヤ童話「サンダルを投げたウサギ」〜


 昔々、とある森*12にとにかくみんなから憎まれまくっているウサギ市長*13が住んでおりました。


 ある日のこと、怒り心頭に発した動物たちがウサギをブチ殺すために彼の巣穴をとりかこみ、さっさと外に出てくるように脅しつけました。
 うかうかと出ていけば八つ裂きにされるのは必定。この大ピンチを切り抜けるべく、ウサギは一計を案じます。
 彼は言いました。「わかった。でも外に出る前にサンダルを脱ぎたい。脱いだら先に穴の外に放り出すから、受け取ってくれ。そのあと、俺も出て行く」と外のみんなに告げます。


 動物たちは了解し、放り出された物体をキャッチします。実はその「サンダル」と称されたものこそ、ウサギ自身だったのです。が、動物たちは気づきません。動物たちは「サンダル」をそのまま遠くへ投げ捨ててしまいます*14


 そうして、巣穴を凝視する動物たちを尻目にまんまとウサギは脱出に成功しました。


 サンダルに続いて外へ出てこないウサギを不審に思った動物たちは、蛇に内部の様子を探らせます。が、そこは既にもぬけのから。
 騙されたことを知った動物たちは、その責任をお互いなすりつけあった末、血みどろの殺し合いを始めてしまいましたとさ。


 その様子を見たウサギは高らかに笑いながら勝利宣言をしました。
「いつか、お前らは俺に対して行った犯罪のしっぺがえしをくらうだろう。お前らは俺を殺そうとした。しかし、果たせなかった。お前の身にこれから何が起こるか、座して待っておくことだ」


 なんだこの話は、と言われても困ります。こういうなんだからこういう話です。

 コミック短編「The Rabbit Mayor」は2007年の作品。アニメーター時代に描かれました。どういう経緯で彼がマヤの寓話へ行き着いたかはわかりません(上記のウェブサイトは90年代からあるので何かのきっかけで見ていたとしてもおかしくない)が、ほぼ忠実にマヤの寓話をコミカライズしています。
 この作品中では、すでにして後年の絵本作品の原型も見受けられます。

 1. 狡知に長けたウサギが 2.クマやシカなどの鈍重そうな重量級動物を出し抜く。
 という構図は『どこいったん』そのままです。

 で、肝心の帽子は?
 「The rabbit mayor」に帽子は出てきません。
 ウサギと帽子の縁起はこれの前日譚となる「ウサギとシカの帽子」です。

「ウサギとシカの帽子」

 http://www.kstrom.net/isk/maya/rabbit.html より

 長い話なので、要点だけかいつまんで物語ります。

 〜たのしいマヤ童話「ウサギとシカの帽子」〜

 昔々のその昔、ウサギ市長には王様から下賜された立派な枝角が生えていて、彼はそれを「帽子」(Cap)と呼んでいました。
 彼がある日その「帽子」をシカに対して自慢したところ、ウサギの兄弟であるシカが「ちょっと貸してくれよ。俺のほうが似合うだろ」と言い出して強引に奪い取り、そのままどこかへ去ってしまいました。


 唯一無二の宝である「帽子」を奪われたウサギは泣きながら父でもある王様へ訴え出ました。
「新しい『帽子』をください! あとシカに『ちっちゃいお前にこんな立派な帽子は似合わない』とバカにされました。背も伸ばしてください」
 王様は鷹揚にうなずき、「いいだろう。ただし、わしの申し渡すことをやりおおせたらな」
 王様いわく、ウサギがシカと同じくらいの大きさになるには荷駄十五台ぶんの毛皮が必要だというのです。
「それをもってきたら、おまえを帽子のにあう立派な大きさにしてやろう」
「わかりました」


 ウサギは意気揚々と出かけて行き――その日から、動物たちを震撼させる悪鬼羅刹と化しました。


 ウサギは得意の楽器を弾きはじめました。
 そしてその音色につられてやってきた動物たちを言葉巧みにだまし討し、毛皮を剥いだのです。まず犠牲になったのは蛇でした。ウサギはライオン、ワニと屠っていき、最後にはサルとハナグマの群れを奸計によって一網打尽に虐殺しました。


 そうやって、アルマジロに牽かせた荷駄十五台ぶんの毛皮を調達し、意気揚々と王様の御前へ凱旋しました。
「ごらんください、父さま。お約束の毛皮です。これで私の願いを叶えていただけますよね?」
 王様はおどろきました。
「ほんとうに集めてきたのか……」
 そして毛皮を広げてみると、それはワニの皮、ライオンの毛皮、大きな蛇皮、大量のサルやハナグマの毛皮……。
 王様の顔はみるみる怒りに満ちていきました。
「なんという恥知らずだ。たかだが背を伸ばしたいがために自分の兄弟を手にかけてしまうとは」
「しかし王様、これはあなたの……」
「黙れ。こんな小さなからだでこれだけ殺せるというのなら、今より立派な体格を持ったあかつきには、いよいよ兄弟を殺し尽くしてしまうかもしれん。
 そうはさせん。おまえの胴体ではなく、耳を引き伸ばしてやろう。
 おまえはいまや誰よりも大きい。なにせ、おまえより大きな兄弟を皆殺しにしてしまったのだからな。
 願いはかなったのだから、もう二度とここに姿をあらわすな」


 そうして、ウサギは現在のような大きな耳を、シカは枝角を持つようになったのです。


 理不尽な話です。救いのない話です。

 いったいマヤの人たちはこんな寓話で何を伝えたかったのか?


 この寓話を採取したポーラ・ギースの解釈にもとづけば、こうです。
 ウサギに市長(the mayor)という二つ名がついてることに注目しましょう。
 スペイン統治下のマヤにおいて、現地民の集落(プエブロ)の長は権力側の人間であり、同時にマヤの村々を仕切るスペイン政府の代理人でもありました。つまり、この民話におけるウサギとはスペイン人の総督(=「王様」)の元で働くずる賢いマヤ人のメタファーであり、枝角の帽子はスペイン人から与えられた権力のシンボルなのです。
 彼らは「王様」であるスペイン人に気に入られるためにはなんでもします。「帽子」欲しさに「兄弟」たる同胞たちを殺す、といった出来事もあったのでしょう。しかし、その忠節は報われることはありません。スペイン人にとってはどちらも野蛮な土人にすぎないのですから。
 狡兎死して走狗烹らる、という中国発祥*15のことわざが日本にもありますが、この場合は「走兎烹らる」だったわけですね。

 我々の基準からすれば、あまりに理不尽でスラップスティックにすぎるこの動物譚には、マヤ人たちの声にはできぬ悲しい歴史が織り込まれていたのです。


 まったくの余談ですが、アメリカ合衆国にジャッカロープというUMAがおります。ウサギの身体にシカの枝角が生えたハイブリッド生物で、その由来はさだかでありません。ウサギのボディにシカのツノとは、偶然か否か、「帽子」を盗られる以前のマヤのウサギ市長に姿が似ていますね。ジャッカロープは白人入植後に生まれたUMAと言われていますから、先住民たちがマヤ人たちと似たようなメソッドで考案したか、あるいはマヤから直輸入したのかもしれない。そんな仮説を立てたくなります。


 クラッセンに戻りましょう。
 マヤ人が考えたウサギの寓話はいくつか存在するようですが、「サンダル」の話と「帽子」の話はひとつ続き物のようになっており、他の話より結びつきが強いです。クラッセンが「サンダル」の話だけ知っていて、「帽子」の話を知らなかったとは考えにくい。
 その寓意の含むところまで了解していたかは定かでありませんが、彼が「帽子をかぶったずる賢いウサギ」のイメージを持ったのは十中八九、このマヤのウサギの寓話に起源をもつものと思われます。

 そうしてみると、『どこいったん』のクマや『ちがうねん』の大魚が帽子の奪還に強い執着を持つのも納得がいきます。「帽子」とは権力の象徴であり、一旦獲得した以上は他者によって簒奪されるのは耐え難いものなのです。
 
 とにもかくにも被侵略者であるマヤ人の悲劇を意識的にか無意識的にかわからないけれども、子ども向けの絵本にミームとして混ぜこむクラッセン、おそるべし。


*1:シュレック3』のラーマン・ヒュイ、『ヒックとドラゴン』のディーン・デュボア、『ファインディング・ニモ』キャラデザのダン・リーなどを輩出

*2:彼の twitterでの発言から

*3:ライカ制作。この作品が公開された09年までにはDWから移籍ないしフリーになっていたものと考えられる

*4:一見ザリッとラフな、しかしその実、非常に繊細なモデリングがなされた3DCGキャラによる実験的かつリリカルな作風で知られるアニメ監督。短編『THE EXTERNAL WORLD』(http://www.davidoreilly.com/works/#/the-external-world/)でヴェネツィア国際映画祭において受賞経験も。他に『アドベンチャー・タイム』のゲスト監督やスパイク・ジョーンズ監督『her』のアニメ担当(主人公が遊んでるゲーム)などが日本にも入ってきている。

*5:勝手に人の iTunesに頼んでもない曲を押し込んでくるムカつくバンド

*6:未訳。タイトルでググればだいたいどういう感じかわかる。

*7:I want my hat back でググると画像検索でいっぱいパロネタが出てくる。

*8:来年度のナショナル・シアター・ライブのプログラムに入らねえかなあ

*9:『どこいったん』の日本語版は表現がいくぶん和らいでいます。上のインタビューの記事を読むと、むしろ原作の意図を反映した翻訳のようです。

*10:可能性としては雑誌『MOE』の2013年2月号のインタビューにあるかもしれない

*11:たしか元々は『アドベンチャータイム』のスタッフだったティム・ハーピックの短編「Farewell, Little Karla」目当てで買ったように記憶している。こっちもすごく良いですよ。http://herpich.tumblr.com/post/41622685324/farewell-little-karla

*12:原作では洞窟

*13:the mayor。マヤにはこのウサギが他の動物たちにひどいことをする前日譚があり、そのせいでヘイトが高まっていた。おそらく、スペインの手先となって現地でマヤを支配していたマヤ人行政官を象徴している

*14:原作ではキャッチしたあと、うさぎが巣穴にいないことに気づき、キレて投げる

*15:史記


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