門井慶喜の『マジカル・ヒストリー・ツアー』 が推理作家協会賞を受賞。
- 作者:門井慶喜
- 出版社/メーカー:幻戯書房
- 発売日: 2015/10/29
- メディア:単行本
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ドゥ二・ウィルヌーヴ監督『ボーダーライン』
最初に邦題を聞いた時はまず失望が先に立った。原題の特徴的で響きの良い固有名詞が『ボーダーライン』などというひとやま幾らのカタカナ一般名詞へと翻訳されてしまった。現代の日本映画界によくある悲劇がまた増えたのだ。そう思っていた。
ところが、開始五分でその認識が改まる。
冒頭、主人公(エミリー・ブラント)の所属するFBI誘拐即応班がメキシコ人容疑者のアジトへ車ごと壁をぶちやぶって突入し、圧倒的な武力で制圧する。力をもってボーダーラインを越え、ならずものどもを皆殺す。この上なく古典的なアメリカ式の正義が示される。
だが、事件はこれで終わらない。家の中にもうひとつの「境目」が存在した。銃撃戦によって穴の空いた壁。そこから「何か」が覗いている。不吉な予感を感じつつ、主人公たちFBIは壁を打ち壊す。その壁がパンドラの箱の蓋であるとは知らない。
その家には壁という壁、隙間という隙間に移民たちの死体が埋めこまれていた。タフなFBI捜査官であるはずの主人公たちはその死体の量と残酷さに言葉を失い、代わりに嘔吐する。ほどなく倉庫でもう一つの「蓋」が開けられて、爆発が起こる。人が死ぬ。
このときにはもう、主人公は今まで居た場所とは違うどこかへとさまよいこんでいる。この映画が境界線についての映画であることが瞭然となる。
かつてボーダーラインとは、彼女たち「が」越える境目だった。壁を一方的にぶちやぶる武力も権利も法的根拠も彼女たちの側にあった。けれど、今では彼女たちも越える一方で向こうからも越えてくる。
内も外もあちらもこちらもない。アメリカもメキシコもおなじ地獄だ。けれども主人公はまだそれを知らない。
「メキシコの麻薬王が誘拐事件の黒幕だ。同僚の仇をとりたいだろう?」CIAの捜査官(ジョシュ・ブローリン)に誘われて、主人公は対麻薬戦争チームへ移籍する。しかし、作戦内容の全容はなかなか明かされない。チームの一人に身分も担当もよくわからないコロンビア人(ベニチオ・デル・トロ)がまじっているのだが、彼のこともCIA捜査官は詳らかに教えてくれない。
最初はテキサスのエル・パソへ連れて行かれると聞かされる。が、途中で実はメキシコのフアレスへ行くのだと告げられる。あちらとこちらの混同がここでも行われる。主人公はただ捜査官とコロンビア人たちについていくしかない。
流されるままに運ばれていくと、そこは荒れ果てた市街だ。橋には首を切断された死体がぶらさがっている。凄惨な光景に唖然とする主人公の耳元でコロンビア人がこう囁く。「フアレスへようこそ」
そこから主人公はは迷宮的なノワールの暗黒に呑まれていく。
取り締まる側と取り締まられる側、アメリカ側とメキシコ側はどちらも行使する暴力に質的な違いはない。CIA捜査官は違法な拷問や過激な囮捜査を当たり前のようにやる。
法の正義を信じる主人公は上層部にチームの不正を報告するが、上司からは「これはもっと『上の人間』たちも承認した作戦だ」と取り合わない。
アメリカなのに、アメリカの法がアメリカによって尊重されない。彼女たちが立っている場所はアメリカであって、アメリカではない。
融解する境界線は画面でも示される。影だ。
冒頭、誘拐犯のアジトへ向かう車中で、主人公は日向から日陰へと取り込まれる。ここでもう主人公の行き先が暗示されている。対麻薬戦争チームに参加してからは、ベッドの上で窓からさす太陽光をじっと見つめる。
一番象徴的なのは、終盤の作戦遂行シークエンス。
暮れなずむ夕日をバックに、とある目的地点へ突入するチームの影が、画面の下半分を覆う真っ黒な地平線へと消えていく。最後の一人の頭がすっぽり沈むまで、画面は切り替わらない。
続いて、チームリーダーのブローリンがナイフを片手に穴の奥へと降り立っていく。闇の心臓部へと。
主人公を含めたチーム員全員は、このとき一切の個性を剥奪された黒い影としてしか映っていない。彼らは麻薬組織の人間同様、夜の側の人間たちだ。ミランダ警告も宣戦布告もジュネーブ条約も通用しない夜の戦争が、メキシコでもアメリカでもない穴倉で展開される。
あとはもう、闇の中だ。
トム・マッカーシー監督『スポットライト』
ボストンという街、プロテスタント国家アメリカに対して例外的ともいえるカトリック優勢の地域的特殊性*1とそれに伴う閉鎖性という前提がまずアメリカ国外の観客には飲み込みづらく、そしてまさにそのドメスティックさゆえにアカデミー賞*2を獲ってしまうような作品に対して海の向こうの遠い隣人である僕たち私たちがかけてあげられる言葉など「えろうご苦労様どしたなあ」と毒にも薬にもならないねぎらいくらいだと思う。
やろうと思えばいくらでもドギつく脚色しうる題材に対してトム・マッカーシーという人は限りなく誠実な態度で臨んでいる。
ゆるやかに、静かに、一直線に、地味に、迷いなく盛り上げていく脚本、はしたなくない程度のカタルシスに徹したテンポのよい演出。
カソリックでもなければプロテスタントでも、ましてやアメリカ人でもない外野としては「ドぐされド田舎クソコミュニティもの」にありがちな陰湿な地域住民の攻撃を期待してしまうもので、カソリックの腐敗を暴こうとする主人公の家に石か銃弾の一発や二発撃ち込まれてほしかったけれど、この映画はそういうことはしない。そういうのはない。っていうか、ボストンはド田舎ではない。四百万人からの人々が住む大都会だ。
そう考えると、『ブリッジ・オブ・スパイ』できっちりトム・ハンクス弁護士の家族を姿なき近隣住民に襲撃させたのはスピルバーグのサービス精神だったのか。
まあどっちも実際の出来事をそのままホンにしただけですって以上に他意はないんだろうけれど、題材に対して誠実*3であるか、チージーなエンタメとしての映画に誠実であるか、映画作る人というのはどちらかを選ばないといけないんで大変なんだなあ、と思いました。
- 作者:ボストングローブ紙〈スポットライト〉チーム,,有澤真庭
- 出版社/メーカー:竹書房
- 発売日: 2016/04/07
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事件そのもののエグさを楽しみたい人は、ネタ元本? のこれを読むといいです。
ショーン・ベイカー監督『タンジェリン』
Netflix で配信。*4
彼氏(ジェームズ・ランソン)の罪をかぶって出所してきたトランスジェンダーの娼婦(キタナ・キキ・ロドリゲス)が、自分の服役中に彼氏が女と浮気していたと親友であるこれまたトランスジェンダーの娼婦(マイヤ・テイラー)に聞かされ激おこ状態に。
彼氏を問い詰めるべくロスを歩きまわるというまあ見た目なんでもないような基本コメディなんだけれど、彼女を中心に描かれるはぐれものたち(トランスジェンダー、娼婦、移民)の悲哀がすさまじく鋭利で、胸を抉ってくる。
皮肉な笑いでコーティングされて口当たりこそソフトなんだけど一皮むけばただただツラい、ツラさだけの連続で、咀嚼してくると気が滅入ってくるところもあるのだけれど、唯一希望として描かれるトランスジェンダーの娼婦同士の友情が絶望に圧し潰されそうなこの映画の背骨をなんとか一本通して立たせていて、そういう意味では良いガールズムービーであるともいえます。
ちなみにiPhone 5sにアナモレンズつけて撮った超低予算映画*5だそうで、たぶん言われなければ気づかないくらいのルックがぱっきりしてる。ちょっとインスタグラムっぽさあるけど。
iPhone Filmmaking Advice by TANGERINE Filmmaker Sean Baker
ショーン・ベイカー直々のiPhoneで映画撮影講座
イーヴリン・ウォー『ピンフォールドの試練』
- 作者:イーヴリンウォー,吉田健一
- 出版社/メーカー:白水社
- 発売日: 2015/01/07
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老年の人気小説家ピンフォールドさんが船旅中に自分に対する陰謀を企む声が聞こえてくるようになって段々おかしくなってくる、というアメリカ人が書きそうなパラノイアキチガイの話なんだけれど、幻聴のなかに自分に恋する若い娘のものが混じっていてその娘と本気になっていくあたりから『蜜のあわれ』っぽい食感に変わっていき、でも終わる時はやっぱりイングリッシュというか、ウォーだなあと感嘆せざるをえないあっさりさ。
勝新太郎と三船敏郎の伝記
- 作者:吉本浩二
- 出版社/メーカー:新潮社
- 発売日: 2014/09/09
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- 作者:田崎健太
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- 作者:松田美智子
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どの本も勝新や三船を「気遣いのできる、寂しがり屋な良い人」として親身に描きたがっているんだけれど、本人たちがそういう枠に収まるに気ぃ更々ないのでロデオ大会みたいな状態になっていて笑える。
春日太一の『天才 勝新太郎』も入れ込みっぷりはパなかったけれど、一応評伝に徹していたのでなおさら。
武井宏之『猫ヶ原』一巻
- 作者:武井宏之
- 出版社/メーカー:講談社
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『ヴィラネス』の三巻と『大帝の剣』一巻
ヴィラネス ―真伝・寛永御前試合―(3) (ヤングマガジンコミックス)
- 作者:夢枕獏,雨依新空
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関口柔心が生物の身体構造に興味を抱くサイコパスゆえに関節技を極められるっていう設定がパーペキにロジカルでいいですね。
- 作者:夢枕獏
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バリントン・J・ベイリー『時間衝突』
- 作者:バリントン・J・ベイリー,大森望
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タイムトラベルものでここまで面白い設定思いつける人はなかなかいないんじゃないかな。
話は東映ヤクザ映画みたいだけど。
あとまあいろいろ読んだり観たりしてたけど私は元気です。
あ、あと麻耶雄嵩の講演会に行きました。
『さよなら、神様』のハートマークは黒塗りにするか白抜きにするかで悩んだそうです。
*1:クッシング枢機卿が死亡した一九七〇年までに、アメリカにおけるカトリック教会の長い成長期間は終焉を迎えていた。その時点で、アメリカ・カトリック教会は、アイルランド人が圧倒的に多かった。清教徒がプリマスロックに上陸してすみやかにボストンに移ってから二世紀以上、ニューイングランドの州都は、プロテスタント市民のためのプロテスタントの都だった。だが十九世紀中葉、転機が訪れた。アイルランドのジャガイモ飢饉が起き、英国が植民地の救済措置を拒否したとき、一〇〇万人以上のアイルランド人が移民船に乗りこんだ。ほとんど一夜にして、ボストンの宗教人口は変わり、世紀末には、アイルランド生まれの市長が初めて誕生した。/『スポットライト 世紀のスクープ カトリック教会の大罪 』
*2:アカデミー作品賞はアメリカの自意識を反映していればしているほど受賞しやすくて、それはフランス映画である『アーティスト』やイギリス映画の『英国王のスピーチ』ですらそう
*3:『スポットライト』は単に巨悪の腐敗を暴く痛快ジャーリズム万歳映画ってだけではなくて、同じ地域住民として「俺達もまた加害者ではなかったか。無関心ではなかったか」と問いかけを主人公たちや観客にもつきつけるいかにも良心的な社会派映画で、そういうところもまた誠実さの一片であると想う
*5:10万ドルくらい