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フィギュアスケートまんがにおけるジャンプ時のコマ送り表現について。

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 フィギュアスケートまんがを読んでいると、どの作品にもある演出が共通して描かれることに気づきます。
 それが「ジャンプ時のコマ送り」。

(『メダリスト』つるまいかだ 『アフタヌーン』連載)

 このようにジャンプの回転を連続写真のように、ひとつの画面の中におさめ、表現する手法です。
 これがまあフィギュアスケートまんがには必ず一回は出てくる。確定で出てくる。確定演出ってやつですね。
  フィギュアスケートの見せ場としてジャンプがいちばん盛り上がるのはわかる。ジャンプの回転表現としてはもうひとつ「((💃))」的なエフェクトをつけるものがありますが、これではタテ、ヨコ、回転の三つの運動を兼ね備えたジャンプの迫力を伝えるには足りない。それを読者に伝えるにはコマ送りで表現したほうがよい。それはわかる。
 では、どのくらい昔からある表現なのか。気になりますよね? 気になりませんか? ならない? あっ、そう。わたしは気になります。気になるので、さかのぼって調べてみましょう。

2010年代

(『氷上のクラウン』タヤマ碧 『アフタヌーン』連載)

・キャラの色合いの濃淡で時間経過を表現しているのがニクいですね。カメラの角度にも少し工夫がされています。着氷時のキャラを読者の目の前にこさせることで迫力を出そうという意図か。本作は特にカメラの位置が意識されていて、既存のフィギュアスケートまんがに対するチャレンジ精神が垣間見えます。

(『キスアンドクライ』日笠希望 『週刊少年マガジン』連載)

・見ての通り、日笠希望はいい絵を描くんです。『キスアンドクライ』はかなり早い段階で打ち切りになってしまって残念でしたが、それ以降名前を聞かないのが心配。

2000年代

(『くるりんぱっ!』今井康絵 『ちゃお』連載)

・これも奥行きを意識した迫力のある構図。奥→手前→奥となっているのは珍しい。

(『ブリザードアクセル鈴木央 『週刊少年サンデー』連載)

・ベタの濃淡で時間経過を表していますね。同じ画面にジャンプを見ている人の後頭部も収められているのが印象的。他のジャンプ描写では「ジャンプを見て驚いている人の顔」も入ってたり、本作はとにかく表現面でのバリエーションが楽しいです。

1990年代

(『ワン・モア・ジャンプ』赤石路代 『ちゃお』連載)

・これはちゃんとコマを割って目撃者の反応を描いているパターン。なにげにコマ割りもジャンプの軌道に沿って流線的になっている。『ちゃお』はフィギュアスケートまんがのメッカですね。

(『ドリーマー!!』武内昌美 『少女コミック』連載)

・ほとんど角度のついてないところからジャンプをとらえた珍しい構図。

1980年代

(『銀色のトレース』柴田あや子)

・見開きでジャンプをダイナミックに描きつつ、同時並行で主人公(驚いている人)とライバル(怜花と呼ばれている黒髪)のやりとりを展開することで、ジャンプの時間経過をも表現するというかなり大胆な手法。画面はかなりうるさいですが。

1970年代

(『銀色のフラッシュ』ひだのぶこ 『週刊少女コミック』連載)


『恋のアランフェス』→『愛のアランフェス』槇村さとる 『別冊マーガレット』連載)

・槇村、ひだはフィギュアスケートまんがの開拓者。このころから「キメゴマとしてのジャンプ」「ジャンプを目撃した人間たちのリアクションも同ページ内で描く」「フィギュアスケートの立体性」が意識されていたことがわかります。

始祖はだれか。

 と、いろいろ見てきたわけですが、どうも五十年前から存在している表現のようです。
 本邦におけるフィギュアスケートまんがは1970年代から、もっといえば札幌五輪(1972年)以降から始まりました。*1なので、これ以上は遡れないということになる。入手しうる最古のフィギュアスケートまんがの『ロンド・カプリチォーソ』(竹宮惠子、1973年)ですが、厳密にジャンプのみにフォーカスした表現とはいえないものの、コマ送り表現が出てきます。
 




 では、竹宮惠子が始祖なのでしょうか。うーん。

 と、なんとなく釈然としない気持ちで竹宮惠子の自伝『少年の名はジルベール』を読んでいたら、72年に竹宮や萩尾望都山岸凉子とヨーロッパ旅行へ行くくだりが出てきました。山岸凉子はいわずとしれたバレエまんがの大御所。当時は『アラベスク』という意欲的なバレエまんがを連載していた時期にあたります。
 ん? バレエ……? そういえば、フィギュアの選手はバレエの練習もするものと『メダリスト』で読んだような……?
 直感が働いて早速キンドル版の『アラベスク』一巻(1971年)を購入。
 すると、



 

 はい、勝ち〜〜〜〜〜〜〜。
 山岸と交流の深かった竹宮が一定程度『アラベスク』の表現を取り入れた可能性はあるし、そうでなくとも影響力が強い作家・作品でしたからここからフィギュアスケートまんがにも波及していったのは全然考えられることです。
 いやあ〜〜〜〜こういう偶然の導きと勘と経験がマッチして何かを掘り出したときって脳汁がヤバいですね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜というわけで、「フィギュアスケートまんがのジャンプコマ送り表現の起源はバレエまんが」ってことで雑調査はおしまいです〜〜〜〜〜〜〜〜いかがでしたか?〜〜〜〜〜お役にたったかはどうあれ、わたしは楽しかった〜〜〜〜〜。

バレエまんがにおけるジャンプコマ送り表現

 いや、待てよ。じゃあ、バレエまんがでのジャンプコマ送り表現ってどうなってるんだろう……?
 『テレプシコーラ』読んだことあるくらいで、ぜんぜん知らないジャンルだし一からディグりなおすのも……と悩んでいたら、いるものですね、救世主というのは。バレエまんがの歴史をまとめてくださっている note 記事がありました。


 非常に勉強になる良いジャンル史概説です。ありがとう。インターネットに感謝。

 
 で、70年代編の記事ではなんとバレエでのコマ送り表現に触れられています。天恵かな?
 この記事では、バレエのジャンプコマ送り表現は「70年代だけに顕著に見られるバレエシーンの表現」であるとされています。白いカラスがいないか自分でもいつか検証してみたいところですが、とりあえずはこの記述を信用したい。
 してみると、「バレエにおけるジャンプコマ送り表現は早々に絶滅したが、遺伝子を受け継いだフィギュアスケートまんがでは半世紀を経た今でも主流の表現として生き残っている」ということになります。
 ロマンがあるストーリーですね。自分でいっといて、ホンマかいな、とおもわないでもありませんが*2、とりあえずのところはうつくしいままで今回の調査を終えましょう。


 ところで、上の記事を書かれたせのおさんはコマ送り表現の起源として石ノ森章太郎説を唱えておられます。特に理屈の説明とかなされていませんが、これはありそう。石ノ森章太郎は男性作家のみならず女性作家にも多大な影響を与えていたというのは1970年前後の女性漫画家シーンを活写した『少年の名はジルベール』や『一度きりの大泉の話』でも描かれています。*3日本まんががアニメーションや映画に影響を受けて発展してきたことを考えると、コマ送り表現に限定すれ石ノ森以前にもありそうな気もしますが、これも調べようとすると手間だな……いつか、いつか、ね。


おまけ:『メダリスト』のジャンプコマ送り表現

 すっかりフィギュアスケートまんがのトップランナーの地位を固めた『メダリスト』ですが、ジャンプシーンにもさまざまな工夫が凝らされています。



・ジャンプ中に表情が変化するまんがはめずらしい。これに限らず、『メダリスト』は競技中の表情にフォーカスしているところがあたらしさのひとつであります。




 
・コマ割りされた画面のひとつ上にレイヤーを足してそこにジャンプを置く。上で見た『銀色のトレース』にも似たかなり複雑な画面ですが、情報自体は整理されているのでさらりと読めてしまう。

  

・伝説の第十八話。複数の選手の演技を同時並行でシームレスに描くというとんでもないエピソードなのですが、ジャンプでも「ひとつらなりのジャンプを割って三人の選手を描く」という発想の勝利みたいなことをやっています。


『メダリスト』のエポックなところは他にもいっぱいあるのでいつか書けたらいいですね。

  

*1:最初期のフィギュアスケートまんがである竹宮恵子の『ロンド・カプリチォーソ』(1973-74年)やひだのぶこの『銀色のフラッシュ』(1976-78年)では、札幌五輪の女子シングル銅メダリスト、ジャネット・リンに言及されています。ジャネット・リンという人は当時の日本ではアイドル的な人気を博したようで、CMやテレビ番組でひっぱりだこだったそう。フィギュアスケートの受容史について手頃な本が見つからなかったのでなんともいえませんが、彼女が日本におけるフィギュアスケート人気の土台を築いたのはありそう。

*2:note の記事中でも『絢爛たるグランドセーヌ』あたりにそれっぽい表現がある

*3:特に竹宮惠子は「石ノ森先生の『マンガ家入門』を15歳のときに読んで、マンガ家になりたいと決心した日から、信用できる大人は両親のほかにはまず石ノ森先生だった」(『少年の名はジルベール』)と書き「実際に弟子として働いてはいなくても、気持ちは弟子です」と熱烈に私淑していたそう


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