少女の顔に少女以外の何かがくっつている。
初めてそれを見た時、私がどう思ったのか、もう覚えていない。
――『Hollow Museum』
以下は『秋田モルグ・クロニクル』収録作の全レビューである。
- 『秋田モルグ・クロニクル』とはなにか。
- 収録作紹介
- 『FLEX』(2005年11月)
- 『NATIONAL MORGEAPHIC』(2006年2月)
- 『FLEX 2』(2006年8月)
- 『DAMAGING STORIES』(2007年2月)
- 『NATIONAL MORGRAPHIC EXTRA ISSUE SPRING』(2007年5月5日)
- 『鋼鉄のなはと!』(2007年8月)
- 『Rest in Peace』(2008年2月)
- 『STUMBLE!』(2008年5月)
- 『器行類』(2008年8月)
- 『FRACTURE!』(2009年2月)
- 『The Night At The Morgue』(2009年5月)
- 『DAMAGING STORIES 4: 晩秋』(2009年11月?)
- 『秋田詩片』(2010年2月)
- 『Under Within』(2010年8月)
- 『秋又秋』(2010年11月)
- 『またあした』(2011年2月)
- 『NAVY CLOTH』(2011年8月)
- 『ELF』(2013年5月)
- 『Z-BOOK』(2014年11月)
- 『モルブック』(2015年11月)
- 『あとがき』
- おまけその1。『Hollow Museum』(2018年11月)
- 総評というか所感
- おまけその2。器械先生商業作品全(簡易)紹介
『秋田モルグ・クロニクル』とはなにか。
『アキタランド・ゴシック』、『仮免サンタのサンディさん』、『スクール・アーキテクト』で知られる萌え四コマ界のケリー・リンク*1こと器械先生*2によって制作されたオリジナルまんが同人誌(05年〜15年にかけてのもの)をまとめた総集編。カトリックでは聖書の正典にも数えられる[要出典]が、プロテスタントの宗派ではこれを認めない。収録作の大半で、四肢の欠損した半人半人外(機械半分、蟲半分、義肢など)の少女が描かれる。*3
収録作紹介
『FLEX』(2005年11月)
フレックスと呼ばれる有機肢体(ざっくりいえば、アンドロイド的な半有機半機械知性体)が存在する世界。フレックスはもともと臓器のドナー用途にとある小国で開発されたもので、機械化を経て利便性の高い労働力として広範に使役されるようになった。しかし、やがてフレックスの蜜月は終焉を迎える。
次世代フレックスの開発失敗によりフレックスたちは暴走、人類を襲いはじめ、小国を滅亡へおいやる。行き場も飼い主も失ったフレックスたちは野に放たれ、野生化する。
フレックスの開発に従事していた研究者の娘、”お嬢様”はフレックス禍で半身不随になりながらも、理性を保ったフレックスである従者アスベスタ(ほぼ人型だが両腕が欠損していて、代わりに腰から機械のアームが生えている)の手助けによって国を脱出。父の研究成果に決着をつけるべく*4、アスベスタと足軽っぽい軽装に身を包んだ”ガイド”と共に旅に出る。
ポストアポカリプス*5主従百合である。内容としては長編シリーズの第一話目、といった感じ。アスベスタたちの旅の日常がゆるいタッチで語られていく。ゆるい、とはいっても、アスベスタが自分の脚から削いだ肉を(もちろんよかれとおもって)”お嬢様”の食べるスープに混ぜるギャグが入るなど、どこかネジがぶっとんでいる。コミティアらしいといえばコミティアらしい。
メイン三人のうち名前が与えられているのがフレックスのアスベスタのみで、他のふたりは”お嬢様”や”ガイド”としか呼ばれないのが印象的。名付けを避けがちというのは秋田モルグ同人誌における特徴のひとつ。
『NATIONAL MORGEAPHIC』(2006年2月)
コピ本イラスト集。バリエーション豊かな”異形機械”少女が描かれている。あとがきによると、肋骨から上の上半身の改造が”性癖”だった作者があえて下半身中心の改造に挑戦してみた、というコンセプトらしい。この説明からもわかるとおり、一巻目ではあまり主張されていなかった「”性癖(性嗜好)”としての異形/切断/改造少女」を前面に打ち出している。といっても、一般的な意味での直接的なエロはないのでせいぜいR-15相当か。お子様でも安心してご覧いただけます。
カニかザリガニっぽく機械化された少女(作者曰く「虫っぽくしてみました」)の説明文では「触覚のマイクはもちろん性感帯です。」と述べられていて、器械先生のツボを知るうえでヒントなる情報が散見される。
変わったところでは「ぞんびあくま」の項では機械化のかわりに部分的に骨だけになった少女が取り上げられていて、作者の興味が機械化だけでないことがうかがえる。
下半身を改造した場合の脚部がほぼ逆関節パーツになっているのはハオいですね。
『FLEX 2』(2006年8月)
『FELX』の続編。アスベスタ一行は資源調達のために入った廃ビルで飛行タイプの野良フレックスに襲われる。全体の半分ほどを戦闘シーンが占めるアツい構成。一方、物語面では「人類に搾取/奉仕するために生まれたフレックスの存在意義」や百合などのテーマが強調されて、作品のエモ面に奥行きを与えている。
劇中、「他のフレックスから脊髄を奪って電力源にしている」といったセリフがあり、フレックスの具体的な設定が垣間見える。
『DAMAGING STORIES』(2007年2月)
短いストーリーまんがが二篇収められている。タイトルはスピルバーグ制作のスーパーナチュラル・ドラマ『『世にも不思議なアメージング・ストーリー』(The Amaging Stories)が由来だろうか。センチメンタルでウィアードな雰囲気がそれっぽい。
「コーマ=コーマの密かな楽しみ」
背中から羽根のようなもの、後頭部から角のようなものが生えたコーマ=コーマには密かな楽しみがあった。即席揚げ麺をお湯で戻さずに爪で一本ずつほぐしていくことだ。しかし、ある日、揚げ麺が改良され、へこみによってより圧縮されて爪でほぐしづらくなってしまった。
欲求不満に陥ったコーマは心のへこみを埋めるため、メール=メールという四肢が機械でできた少女を捕らえ、大きなペンチでその関節部(ジョイント式になっている)をしめあげる。しかし、メール=メールの顔は苦痛にゆがむばかりでコーマのへこみは全然満たされず……というやたら陰鬱なあらすじだが、最終的にはハッピーな百合になるのでご安心ください。
おとぎ話っぽい世界観で、コーマの造作は比較的人間に近いのだが、前述の通りなんか生えてたり、手が明らかに異形っぽかったりでやはり人外のようだ。孤独の解消法がわからずに、揚げ麺や野良人外? を虐待することで気を晴らそうと考えるあたりがガチでそれっぽい。
イメージ的にはコーマ=コーマは悪魔、メール=メールは天使を模しているのではないかと推測される。
「マイ・フェイバリット・デス」
顔の面半分だけ少女であとは全機械の死者解体器。解体器は運ばれてきた死者を解体する自動解体中心(中心はセンターと読むのだろうか)で働くうち、死者に憧れるようになり、「死」っぽいもの(タバコとか)を腹に溜め込んでいた。そんな感じ。
秋田”モルグ”だけあってモルグ話の面目躍如。お面のような顔だけが人間っぽい、というのが不気味だが、話から察するに、これも死者からいただいたものだろうか*6。
死に取り囲まれた、死だけしかない場所なのに、機械であるがゆえに自分だけが死を知らない。人間の側から表層だけ眺めれば陰惨でビザールな短篇だが、少し視点をずらせば閉鎖的な矛盾から解放されるラストに美を見出すはずだ。
『NATIONAL MORGRAPHIC EXTRA ISSUE SPRING』(2007年5月5日)
お菓子の〈コアラのマーチ〉にプリントされているコアラたちを下敷きに、主に両足の欠損した(ときに両手も)少女”コアラ姉さん”をバリエーション豊かに描くイラスト集。別に夢を題材にした二ページのまんがも掲載されている。
コアラ姉さんのイラストにはそれぞれ「コアラ姉さんは○○する。」から始まるフレーヴァーテキストが付されており、その淡々とした叙述がかわいらしいコアラ姉さんとあいまって独特の感触を生んでいる。
『鋼鉄のなはと!』(2007年8月)
少子化が深刻化した近未来――生徒不足にあえぐ学校機関では国からの給付金の少ないパイを争い、児童に対する強引な勧誘や他校への妨害工作が日常化していた。そんな中、フェニックス中学では他校の改造学生に対抗すべく、「鋼鉄の在校生」部隊を創設。
母校と学区を守るべく多脚改造手術を受けた少女は7810型、すなわち「なはと」と呼称された。
もともとは他の同人誌に寄せた作品に出した多脚少女を器械先生が気に入ってできた本。「なはと」の最大の特徴は四脚に変形すること(ふだんは普通の中学生の姿)。あとがきによると、これも先生の性癖らしい。終末っぽいガレキガレキした日本でメカメカしい学生が肉弾戦を繰り広げるイメージは山口貴由の『覚悟のススメ』を想起させる。
『Rest in Peace』(2008年2月)
死にゆく人々を傍らで見送る「死の妖精」という妖精のイラスト+フレーヴァーテキスト。死の妖精には二種類いて、黒いタイプは号泣して死者を悼む。白いタイプは不謹慎なまでに陽気に死者を送る。バンシーのようなものだろうか。
設定こそ人外であるものの、外見的には妖精たちは五体満足な少年少女の姿で描かれている。メカ要素や身体改造要素もなく*7、それまでの器械同人誌作品とは一線を画している。
あとがきによれば、器械先生がモリをメメントした結果生まれたらしい。
表紙でオマージュされているのは、アメリカの現代アーティスト、エドワード・キーンホルツ(Edward Kienholz)の The State Hospital。
『STUMBLE!』(2008年5月)
DamasingStories Issue 2 の副題がつけられている。短篇が三つ収められている。どれも高度な趣味性を保ちつつも完成されており、ひとつの話としてまとまりがよい。ストーリーテラー器械先生の才能が花開いた一冊といえる。
「Heart Shaped Box」
RPGダンジョンもの。そのダンジョンで死んだものはダンジョンの一部となる。そんな法則によって宝箱に閉じ込められた元冒険者の少女(みぞおちから下がごっそり欠落していて、代わりに鈎のような脚? と骨盤的ななにかにやわらかい筒状のサムシングがぶらさがっている。腕も機械っぽくて、刃物が仕込まれている)は、トラップとして宝箱をあけた冒険者たちにおそいかかるルーチンをこなしていた。
ある日、見知った顔の男がトラップにかかる。少女が冒険者になる以前に通っていた訓練学校の同級生だった。彼女はボロボロになった同級生を介抱しながら、ふたりで昔話に花を咲かせる。
表紙含めてわずか十ページだが、切なくも非常によくまとまっている好篇。
意外にも(?)器械同人誌初の濡れ場がある。やはり直接的には描かれないが。
「ウォーレンじぃの小便話」
ある老人が回想録を執筆しようとしていた。しかし、何を書けばいいのかわからない。そこで彼は自分の小便について詳細に振り返ろうと考えた。もっとも爺の小便事情など誰にも興味を持ってもらえないだろう。彼はさらに考えた。ならば、自分の姿をしなびら老人ではなく可愛らしい少女の姿で描写したらどうだろう……。
二ページで語られるしょうもない馬鹿話。
なのだが、「かわいい少女を使ってかけば、皆に読んでもらえる」という老人の発想は、もしかすると器械先生なりの物語論なのかもしれない。
「キメラアセンブル」
研究者の男(なんの研究者かは不明)が助手の少女ふたりに二股をかけていたことがバレてしまった。悋気の強い少女たちの恋の鞘当てはたちまち刃がむき出しの殺し合いに発展。みかねた研究者は「男として責任を取る」と言って、二人を縦に半分ずつし、その半分同士を縫い合わせて合体させるという強行(というか狂行)手段に出る。
注がれる愛を一人分の身体でわかちあえるようになってハッピーエンド……かとおもいきや?
これまたウィットの効いたコメディ短篇。ラストのツイストがガッチリはまっている。プロットだけなら道満晴明っぽい。斯界でも評価が高いらしくコミティア三十周年記念本『コミティア 30th クロニクル』にも採録されている。
『器行類』(2008年8月)
ある地域が謎の機械生物によって制圧され、そこの住民たちは頭部以外の身体を機械化され思考も奪われ〈器行類〉と呼ばれる兵器に仕立てられてしまう。主人公の少女も改造被害に遭ったものの(みぞおちから下と腕部の肘から先が骨だけになったような姿。手には振り子ギロチンめいた形状の刃物が仕込まれている)、かろうじて理性は保っていた。
〈器行類〉鎮圧にやってきた人間側の軍隊に保護された彼女は、とある自分の特性に気づき、〈器行類〉と戦うことに。
ミリタリテイストがやや強く、人間兵器として悲壮な決意を背負った主人公は『最終兵器彼女』を彷彿とさせる。作中では「人間でなくなった自分、兵器になってしまった自分」について少女が今後揺れ動いていくことが示唆されており、そういう点でもセカイ系っぽい。自分の意志ではなく兵器として改造されてしまう悲劇という面からいえば、「Heart Shaped Box」からモチーフを受け継いでいるともいえる。
アクションも以前より格段に洗練されている。アフタヌーンぽくなった。対峙する相手となるメガネ少女ロボ? のゴツい造形もいい。
タイトルはハラルト・シュテュンプケ『鼻行類』のもじりだろうか。
『FRACTURE!』(2009年2月)
Damasing Stories Issue 3 。三篇が収められた短編集。
「オーダーメード」
金持ちのお坊ちゃんが自らの屋敷をメイドロボ理想郷にするという野望を果たすために、四体のメイドロボをゲットした。それぞれに、ロボ的無感情、ツンデレ、どじっこ、ヤンデレ妹というコンセプチュアルな性格が設定されたメイドロボたちだったが、ご主人さまの寵愛を争ううちにどんどん歯止めが効かなくなり……というドタバタコメディ。
メイドロボの性格付けはそのまま器械先生の好みなのだろうか。それはともかく、四人で殴り合ううちどんどんガワが剥げていって機械としての中身があらわになっていくプロセスが丁寧に描かれている。
「無題」(?)
アパートで一人暮らししているロボットフェチの男が念願のロボット(人型ではあるものの人間としてのガワが一切ない、マジで完全にロボ)を手に入れ、ものすごい勢いでテンションが上がっていくだけの話。この造形に興奮をおぼえるかどうかがひとつロボ人外好きに試金石というか、分水嶺だとおもう。なんの? 人としての。
「Meat Market」
あらゆる肉が揃うミート・マーケットにおつかいにきた少女。ひょんなことから裏路地に足を踏み入れてしまい、迷子になってしまう。そこにある男が来て、彼女に声をかけるが……というウィアード・ストーリー。
アイデアはシンプルだが、屠殺される豚、各種肉屋の看板(トンカツ屋に豚の絵が描いてある系のアレ)、ラストのツイストといった要素やモチーフが巧みに織り込まれていて、読み応えがある。サイレントのように始まる序盤もおつかいにきた少女の不安とリンクしていて見事。収録作中の白眉。
『The Night At The Morgue』(2009年5月)
ロボ&欠損少女イラスト集。短篇まんがも収録されている。
「今回は、そろそろか、そろそろかと自分でも思っていたのでメカっこや欠損を強めに出した本を打ち出す決定をしました。」今までの本はメカっこや欠損が弱かったのだろうか? それはともかくイントロ*8では、ドイツの産業用ロボットメーカーKUKA*9に影響を受けたと表明されている。
いつになくコメンタリーで器械先生が饒舌に語っていて、器械先生の嗜好やデザイン思想などを汲み取れる。多脚はDOOMだっただね、とか。文中には「正面から見てベルト状になっているのが秋田県政的に理想のローレグ」「県民行事とさせて頂きたい」「秋田県政的にはそのように推奨いたします!」といったユニークな語彙が散見され、器械先生が秋田県と自分を同一視していることもわかる。
まんが作品「夜は夜に」を挟んで後半部からは「Limbさんはボタンをかけれないので、ブラウスもシャツみたいに着るんですね。」と題されたテーマイラストが展開される。Limb(四肢)と名づけられたダルマ*10少女との日常を切り取っていく(ダルマだけに)。大部分を占めるのは、Limbさんに床ずれ防止用のクリームを塗っていくプロセス。ソフトエロ。
「夜は夜に」
家庭教師(?)のT先生は授業終わりに毎回生徒の少女Nに睡眠薬入りのお茶を飲ませ、意識を奪ったのち、裸に剥いてその身体に臓物をぶちまけて写真を撮影していた。しかし、Nはそのことに勘づいており(そりゃそうだろう)、T先生の奇行の奥底にある更に後ろ暗い欲望も見抜いていた……。
乱歩っぽい雰囲気すら漂う、アンニュイなエログロ短篇。表現とはある種の逃避の一種であることを思わずにはいられない。
ちなみにこの短編を本書では「まんがポエム」と紹介している。この「まんがポエム」という表現は器械先生が自分の同人誌の短篇まんが作品を指してよく使うワードで、先生にとってまんがとは詩であるのだろうと察される。
総じて器械先生のヤバ……個性がもっともよく溢れており、器械先生研究において最重要の文献の一つであることは間違いない。
『DAMAGING STORIES 4: 晩秋』(2009年11月?)
短編集。三篇ともコメディ色とエロが強め。
「Limbs on Spheres」
青年サカキに恋する少女がサカキのためにお弁当を作って届ける。しかし、サカキは飼っているロボットのマールにベタベタで……というラブコメ。
マールの造形は『FRACTURE!』の「無題」のようにのっぺらぼうの顔で、身体部分は、劇中でハンス・ベルメールが引用されているように、球体関節人形が意識されている。ちなみに変形すると人型から四足歩行になり、頭部だった部分が股間に、股関部分だったところが頭部になる。食事もできる。
「Light My Fire」
クラブで働く*11アンティークライトを擬人化したような少女(上半身はほぼ普通の人間と変わりなく、スカートがライトの傘の役目を果たしていて、そこから光が漏れている。脚部も装飾的。)が”電球”の交換を同僚の青年に頼む。一発ネタのエロコメディ。
器物であるライトをそのまま人間的なシルエットに馴染ませた造形はすばらしいの一言。また器物の役割を人間に負わせる趣向はパオロ・バチガルピの「フルーテッド・ガールズ」を想起させる。数ページのコメディで使い果たすのがもったいない魅力的な世界観。
「SCULPTER」
生命力を有した土を魔力で捏ねることで新たな生命を創造する”スカルプター”の少女。助手の青年トラヴィスは彼女の命令で新作の材料を調達しにでかけるが、モンスターに襲われ左足を奪われる。負い目を感じた少女は自らの再生技術を用い、彼の足を修復しようと試みる。
微エロあり。男が欠損するのは器械先生作品としては珍しい。
話としては「普通の枠からはみ出した才能の持ち主が”普通”にも役立てるように技術を修正(矯正)していく」というもので、ここだけ取り出すと『アナと雪の女王』である。
異形が普通の人間の世界に組み入れられるという点では雰囲気こそかなり異なるものの『器行類』にもテーマ的に近い。
『秋田詩片』(2010年2月)
タイトルのついてない短篇が二篇おさめられている。引き続き、コメディ色が強い。
「無題(丸ノコ少女とハサミ少年)」
両手が電動ノコギリ(丸ノコ)になっている少女と、手がハサミになっている少年のガール・ミーツ・ボーイ。伸びっぱなしの髪が作業中に電動ノコギリにひっかかるせいで常に痛い+見た目もボサボサな少女だったが、その様子を見かねたハサミ少年が髪を切って整えてやる。電ノコ少女は代わりに伸びている少年のうしろ髪を切ってあげようとするが……といったお話。
男女が互いの足りない部分を補おうとすることで家族が生まれる、イザナギとイザナミの国生み神話のような大枠を少しだけ外していて、ウィットが効いている。
「無題(ミステリーサークル)」
ジョーンジーとローティーというふたりの女性が営む農場にミステリーサークルが発生。ふたりは下半身が円盤型で浮遊している女を捕らえ、容疑者としてしばきあげようとするのだが……といった短篇。
しかけがあるお話なのであまり内容には触れられない。ちなみにローティーは上半身は人間で下半身がヘリというデザイン。先生曰く「ヘリ娘好き」。
『Under Within』(2010年8月)
R-15表記。伝奇バトルもの。
少女が校門前で男たちに突如拉致され、胸に謎の魔法陣のような紋章を刻まれたのちにまた校門前に解放される。すると、その胸の陣から異形の怪物が出現し、少女を襲い出す。そこに筋骨隆々の青年が駆けつけ、やはり胸の紋章から”エイリ”という全身紋章だらけの少女を召喚。”エイリ”は紋章からさまざまな武器を呼び出して異形たちに対抗する……。
召喚のギミックこそはいかにも器械先生だが、大筋は青年マンガ誌に載ってそうな正統派伝奇バトル。商業デビューを控えた器械先生の”巧さ”で観せてくれる。
『秋又秋』(2010年11月)
冒頭の1ページマンガ*12以外はイラスト集。
前半は(ゲームの)ハードモード×触手というコンセプトで、さまざまな触手が陳列される。植物成分も強め。
後半では器械先生が Steam で積んでいるゲームを題材にしたイラストが展開される。モデルにしたゲーム名は「都市で幼女といちゃつくゲーム」*13「ロシアの地下道を行ったり来たりする内容のFPS」*14などとなぜかぼかされている。
2010年時点でゲームを積むほど買っていた*15器械先生は相当なゲーマーであることが伺える。
本同人誌ではモデルチェンジが意識されていたらしく、文字は全編フォントではなく手書きに徹していて、全体のスタイルも「『絶対少女』*16から強く影響を受けました」とあとがきで掲げられており、献辞も「絶対少女」に捧げられている。*17得意のメカ娘も終盤で一ページちょろっと出るだけ。コメントも「思い出したようにメカっ子……。もっと描いた方が皆幸せになれるかな?」と弱気。
秋田モルグの思春期ともいえる一冊。以降、商業デビュー*18に伴い秋田モルグの刊行ペースは開いていき、冊子からエッセイめいたコメンタリーやあとがきが後退していく。
『またあした』(2011年2月)
多脚女子と二本足男子との甘酸っぱい会話劇コメディ。
少年が自分の足につまづいて怪我をした少女のお見舞いにやってくる。怪我自体は大したことなかったのだが、病院の検査で少女の足が生物的には手だったことが判明し……という内容。
足ごとに違う靴下を履かせたり、足を手と握らせてみたりと器械先生らしい多脚に対するフェティシズムがいかんなく注ぎ込まれた作品。
これまでに比べて画のタッチがやわらかく、ほのぼのとした印象を与えている。
タイトルは漢字になおすと「股・脚・多」。うまい。
『NAVY CLOTH』(2011年8月)
“old school swim wear arranging magazine”というサブタイトルが語る通り、スクール水着にインスパイアされた世界観で展開される設定資料集的イラスト集。
「すべてのスクール水着が幸せに暮らせる事が約束された地」、ウォーターフロント。多数派である「旧スクール水着」派の支配のもとでそれなりの秩序を保っていた国民たちだったが、「水着を自由に」のスローガンのもと水着デザインの改革を訴える水輝代表に率いられた革新派の登場により、守旧派と改革派のあいだで激しい闘争が勃発することとなる。
お題目通り、スクール水着に対する細やかなフェティシズムに費やされている。映画の『ウォーターワールド』(海版マッド・マックス)みたいな話だろうか。
『ELF』(2013年5月)
2年ぶり(コミティア換算では7回ぶり)の新作。
甲殻類めいた異形の多脚を持つ怪物(腰から上は人型。腕は鋭い鉤状になっている)を狩る兄妹のお話。少年のモノローグとともカットインされる「ありえたかもしれない幸福な世界」*19のイメージが物悲しさを誘う。生まれついてしまった者同士の悲劇とでもいおうか。
内省的でペシミスティックかつ詩的ありながらも短篇としての強度や風格もしっかりふせもつ。
ときおりエフェクトや演出が平野耕太っぽくなる。
『Z-BOOK』(2014年11月)
器械先生がコミティアで購入した縦長サイズのメモ帳に書き溜めたらくがきを収録した本。これまでのようにテーマが設定されてないので雑多な感じ。
意外にも欠損やロボ娘は描かれておらず、普通の少女の絵や版権キャラが多い。特に『NEW GAME!』の涼風青葉がお気に入りで、二回もぞいぞい言わせている。もっとも器械先生は知人の描いている絵をみて好きになったそうで、「元ネタがあると知ったのは、このメモ帳が埋まる頃でした」。*20
最後にはファンサービスの一環か、『アキタランド・ゴシック』のキャラが描かれている。
『モルブック』(2015年11月)
『スクール・アーキテクト』終了直後くらいのタイミングで出された自称「らくがき本」。
スク水、ロボ娘、異形娘、兵器娘、欠損、多脚、と器械先生の興味がまんべんなく配置されている。『FLEX』のアスベスタもひさしぶりに再登場。魚の骨と甲殻類を合体させたような異形娘が特に印象的。
『あとがき』
『クロニクル』のあとがきと共にペーパーやサークルカットを再録したもの。次回作の構想がちょろっと書かれている(商業で通るのか?)
おまけその1。『Hollow Museum』(2018年11月)
『クロニクル』には収録されなかった最近の作。
ある女が晩秋になると、回想するように同じ夢を視る。子どものころのおぼろげな記憶。幼い彼女がふと立ち寄った美術館では頭部だけ少女で身体が昆虫や甲殻類や機械や骨格につながった人形が展示されていた。彼女は吸いこまれるように一際巨大な作品に魅入られる。そして――。
という感じの幻想譚。主人公がそのまま器械先生に対応しているかは不明だが、私小説的な色合いがかなり濃いように思われる。劇中には『器行類』の文字や、ハンス・ベルメールめいた人形もあって、展示自体が「秋田モルグ」のイラスト集と映し鏡のようだ。
「向こう側」と「こちら側」があり、自分は本当は「向こう側」にいるべき人間ではないかと違和感を抱えながら、諦めたように「こちら側」で生きている。知らないままでいられたら幸せかもしれないが、見て、傷を負ってしまったら、それが「わるい」ものだとしても、もう知らなかったころには戻れない。異形への憧れが極めて鋭利に表現として昇華された一作。器械先生なりの異形論・芸術論でもあるのかもしれない。
総評というか所感
・神話の身体感覚は正しい。わたしたちは常にどこかが過剰であり、どこかが欠落している。器械作品のストーリーテリングに表れやすいのは後者だ。あらかじめ欠けてしまっているものを埋めようとする話。その欠落は欠損した肉体とそれを補完する機械という形で出たりもする。だが、身体の機能的過剰さが欠けた心を埋めることはない。
・『クロニクル』中の短篇ベスト3は「Meat Market」「Heart Shaped Box」「コーマ=コーマの密かな楽しみ」あたりでしょうか。ギャグものもきらいではないですが、つい切ないほうに惹かれてしまう。
・イラスト集では『NATIONAL MORGRAPHIC EXTRA ISSUE SPRING』のコアラ姉さん。
おまけその2。器械先生商業作品全(簡易)紹介
『アキタランド・ゴシック』(全二巻、『まんがタイムきららMAX』』連載、2011年〜2013年)
・角の生えた少女アキタ、アサヒ、コマチ、そしてアキタの姉の仲良し四人が不思議の県アキタランドで織りなす奇想日常コメディ。
・同人誌に比べてもちろん器械先生のあくの強さがマイルドにチューンナップされてはいるものの、唐突に身体がロボットっぽくなったり、(きぐるみとはいえ)アキタが身体が異形っぽくなったりとところどころで趣味性が発揮されている。
・趣味といえばゲームや映画の話が多い。
・同人誌とのからみでいえば「Meat Market」の「肉屋の看板に使われる動物」ネタがリサイクルされている。もちろん、人肉はありませんが。
・一話ワンシチュエーションの奇想がセッティングされ、アイデアがかなり濃い。
・なぜ二巻で終わったのかは永遠の謎とされている。未だに熱狂的なファン多数。
『スクール・アーキテクト』(全二巻、『まんがタイムきららMAX』連載、2013年〜16年*21)
・地下が謎空間につながっている学校で、ちょっと個性的な仲間たちが織りなす学園群像四コマ。一巻と二巻でそれぞれ異なるメインストーリーめいた大枠があり、最初は日常系のように始まってだんだん大きな流れへとシフトしていく構成。
・一巻では姉妹の、二巻も姉弟の”願い”の物語が大きなウェイトを占める。
・一巻では特に百合の成分が濃い。
・基本的にはご家庭でも安心して読めるが、まれに半分強化外骨格めいた竹馬を校内で乗りまわす大道芸部女子や骨(骨格)にすさまじい執念を示す女子などが出てくる。
・特に竹馬女の話は器械思想のエッセンスが凝縮されている。必読。
『仮免サンタのサンディさん』(全二巻、『まんがライフオリジナル』連載、2017年〜2020年)
・ノリのかるいサンタ見習いのサンディさんが経験を積むためにしのぶという女の家に押しかけるドタバタコメディ。仮免サンタとなるサンディだが実は……というツイストも。
・前作に比べても割合カラッとした作品に仕上がっている。
・商業では初めての非四コマ。
・やっぱり角は生やす。
・あちらがわ(異界)とこちらがわの混ざり合う生活は商業三作では一貫したモチーフな気がする。
- 作者:器械
- 発売日: 2019/08/27
- メディア:コミック
*1:『稀刊 奇想マガジン』準備号(鴨川書房)より
*2:こういうところでは敬称をつけない主義なのだが、あまりに普通名詞すぎるので便宜上器械先生と呼ぶ。
*3:初期は「異形機械化」「女子改造」などと器械先生は呼んでいた。
*4:研究成果に決着をつける、とは本編の解説の表現ママなのだが、具体的にどういう行為を指すのかよくわからない
*5:滅んだのは一国だけっぽいが
*6:人間の作業員が解体器を見て人間と勘違いするシーンが出てくる。つまり、解体器は”人間”っぽくないのが普通であるということ。
*7:かろうじてそれらしいと言えるのは黒い妖精たちが死体を弄んで損壊してしまうところくらいだおるか
*9:現在は中国の美的集団の子会社
*10:四肢が欠損している状態を指す。Limbさんの場合は両腕が肘より少し下から、両足は股あたりからなくなっている。
*11:コンパニオンのような存在だろうか
*12:異世界に通じる本のいくつかのうちハードモードの書を選んでしまいひどい目に合う少女の話
*14:Metro 2033
*15:当時 steam でダウンロードできるタイトルは1000ほどしかなかったはず
*16:FGOなどで有名なイラストレーターRAITAの同人サークル
*17:『クロニクル』のあとがきでもSPECIAL THANKS がRAITAの名前がある。よほど思い入れが強いのだろう。会ったことはないとか。
*18:2011年1月発売の『まんがタイムきららMAX』3月号に『アキタランド・ゴシック』のパイロット版が掲載され、後に正式連載化されデビュー
*19:想像のなかで怪物は、ケンタウロスめいた下半身とヒツジっぽい渦巻状の角の生えた穏やかそうな生物として登場する。
*20:『NEW GAME!』は『アキタランド・ゴシック』と同じくきらら系列ではあるのだが、前者は『まんがタイムきららキャラット』、後者は『まんがタイムきららMAX』。雑誌が違えば存在も知らないということは普通にあるだろう
*21:雑誌掲載から最終巻描き下ろしまでをカウントした場合