これからしばらく文学について何かと書かなければならない。その実物はともかく、文学という言葉は今日よく行き渡っているようで、文学と言えば相手は何か解った風な表情になる。これは外国では余りないことらしいから、そのことから直ぐに、日本人というものはとやりたくなる所であるが、考えて見ると、日本も戦前まではこんなことはなかった。その頃はむしろ、文学をやるなどと子供が言えば、親が泣いたり、怒ったりし始めるのが常識で、そういうひどいことにならなくても、そうどこへ行っても文学、文学ではなかったのに対して、文学の方はいいものが沢山あったという感じがする。
ーー「文学の楽しみ」吉田健一
そこは文学の自由市場だと謳われているが、実際には文学の奴隷市場だ。*1 書店とはまた異なる法や規範で律せられていて、きみはそこでも創造的に振る舞うことができない。でも、どういう場であれ、きみが自由で創造的だったことなど一度でもあっただろうか? 文学が文学だったことなど、あっただろうか?
11月24日、日曜日。
きみはきみの可能性ではなく、きみの有限性を確認するためにそこへ出かける。
東京駅からなら山手線で浜松町でモノレールに乗り換えて、流通センター駅まで21分。片道510円。*2 駅で降りれば、すぐに東京流通センターが見える。
流通センター。なにが流通しているのだろう。幻想だ。
売り手も書い手も、「小説」や「評論」になってくれているはずの不安で不穏な文字の集まりを紙に印刷して束にすれば、それが「本」になると信じている。その思い込みを売ったり買ったりしている。
みんなわかっていると思うけれど、文学フリマに流通している貨幣は円ではない。そういう、共同幻想だ。祈りだ。だからこそ、人は読む。F I N A L F A N T A S Y。
もし文学フリマに参加するのが初めてであれば、入り口付近では足元に気をつけてほしい。まあ、においで気づくとは思うけど、大量のゲロの海になっているだろうから。
どこであれ、文フリ会場に選ばれた場所は臨時のサウスパークと化してしまう。文フリ参加者の七割が嘔吐を経験するという。理由はさまざまだ。視界に大勢の人が映るのがとにかく気持ちわるいという人、参加者の体臭(コミケとはまた違う類の悪臭)に耐えられない人、その行為が文学的であると思うから吐く人(バカか?)、会場内でひろった菓子パンをつまみぐいしてお腹をこわす人、思いがけずブースで他者とのコミュニケーションを強いられてストレスに晒される人、その他人同士の会話を見て実存的不安を催す人、他人のゲロを経口摂取して気持ち悪くなってる人、乗り物酔いしたイヌ、サム・”ポーター”・ブリッジス、他にもいろいろ。
だから、来るならなるべく早い時間帯がオススメだ。開場直後の11時に着くにこしたことはないけれど、やんごとない身分であると察せられるきみの日曜はおそらく午後から始まるだろう。1時2時の到着でも問題はない。
お昼アラウンドの時間帯に来れば、文フリ名物おいしいインドカレーライスが食べられる。このカレーライスと、会場入口でひとつの意志を持ちつつある大量のゲロはなんの関係もない。おいしく食べてほしい。
信じられるだろうか。文学フリマで売られる本は、基本的に売り手が自ら価格を設定している。
たとえば、『あたらしいサハリンの静止点』と題されたこの本は「第十回創元SF短編賞で日下三蔵賞、宮内悠介賞を受賞した二作を含む、最終候補作品三作+新作を掲載!」などと称して1冊1000円で売られるわけだが、つまり、これの売り手は自分たちの本に1000円の価値があるものとみなしていることになる。
デフレが深刻化する現代日本で1000円といったらそうとうな大金だ。戦後の大阪の闇市では揚げパンが1個5円だったから、それが200個も買える計算になる。戦後の大阪にどれだけ腹をすかせた子どもたちがいたかを考えれば、1冊1000円で同人誌を売るなどという行為は想像力の欠如でしかない。
そして、なお狂ったことに、この1冊1000円というのは文学フリマにおける中央値だ。千円札は文フリの公用語といってもいい。大抵の売り子は多言語に堪能だから、一万円札や五千円でも話くらい通じるかもしれないが、千円札を用意するにこしたことはない。だから、きみは大量の千円札を財布にしのばせて会場へ向かうことになる。
見たことない枚数の千円札が財布にはさまっているのを見て、きみは金銭感覚および現実感覚は崩壊し、喉のおくから吐き気がこみあげてくるかもしれない。そんなときは入り口で吐けばいい。ただし、エチケット袋を忘れないことだ。床に吐くのは文学である人間以外にゆるされない決まりになっている。
そろそろ書くのにも飽きてきた。本来ならここらへんで「文学フリマの回り方」を紹介するはずだったが、どうでもいい、きみは好きに回るといい。文学だろうが評論だろうがエッセイだろうが、なんでも買うといい。
どうせすべての本を買うことなどできやしないのだ。きみがアラブの石油王だというなら話は別だが、きみがアラブの石油王であるならなんで文フリなんかにいるんだい? コミティアに行け。コミティアにはアラブ中から集まった石油王が一冊の同人誌を巡ってクリスティーズ顔負けの札束乱舞オークションを開催しているという噂だ。噂でしかないので事実かどうかはわからない。うそだったら、実に悪質だと思う。でもコミティアに石油王が集うのは、いかにもありえそうなことだ。
文学フリマにいそうな王といえば、舞城王太郎くらいで、それだって昔の話だ(知らない人は「タンデムローターの方法論」でググろう)。*3
文学フリマ設立当初の大塚英志の理念はとうに失われ、私たちはもはや文学に「生き残る意志」があるなどと微塵も考えておらず、始まって十数年を経た文学フリマの会場内ですら文学は秘儀としての仮面をかぶってとりすましたまま、文芸誌や書店とはまた違う類の「不良債権」を弁済するはめになっている。そんな文フリに誰がしたかというと、私たちなのだが、まあ人間が実地に集ってやる以上、しょうがない有様だと思います。
問題は永遠に完済できない「不良債権」にどうつきあっていくかで、なんとなれば、24日の文フリのテーブルにならんでいるのはそれに対する各々なりの処方箋であると思ってもいい。そう考えるとなんとも偉大なものを売り買いしている気分じゃないか?
あるいは何も思わないこともできる。
問題など存在せず、文学だけが在り、東京流通センター内の約39万平方メートルだけがリアルで、そこから外はすべて悪い夢にすぎないと、そういう虚構を崇めてもいい。誰も責めはしない。
きみの文学的良心と、ついに超知性を得て現生人類とあらゆる文学を滅ぼし新たなポストヒューマンーーゲロ・サピエンスーーを創造すべきと結論した巨大危険文学破壊モンスター(元・会場入口のゲロの集合体)以外は。
助けてくれ。
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〜保護者のみなさまへ〜
私どものサークル第三象限はお子さまの文学的感性や情緒をうるわしく涵養することを目的に、日々良質の文学を生産しております。
各自の作中にはお子さまにはふさわしくない物語、表現などがしばし出てくることがありますが、作者たちの生まれた平成、そしてお子さまたちがこれから生きることになる令和という時代環境を鑑み、あえて発表当時の文章を残すことにしております。
ご意見・苦情などがある場合は、文学フリマにご来場の際に、ク-16*4へお立ち寄りくだされば1部1000円で『あたらしいサハリンの静止点』を提供いたします。内容の詳細は以下のリンクを参照。
表紙イラストはあの今井哲也先生(『アリスと蔵六』、『ハックス!』などの)。
すごい。
取り置き依頼はわたしの twitter までお願いします (谷林さんか織戸さんのほうでも可)(twitterアカウントをおもちでない方は monomanemano@gmail.comまで。件名「同人誌取り置き希望」で以下のフォーマットに沿ってお申し込みください。)。
取り置きは「1. 当日会場にいらっしゃる方のみ受け付け可能」で、「2. 当日14時までに受け取りに来てください」(それより遅れる場合は事前に連絡をいただけると幸いです)。なお、勝手ながら「3. お一人さま二冊まで」とさせていただきます。あらかじめ、ご了承ください。取り置き受付締切は文フリ前日の23日(土)17時までです。とりあえず。
申し込み用フォーマットもつけておきます。
(メールの場合のみ:件名「同人誌取り置き希望」)
お名前:
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あと個人的に『Re-Clam』さん(ヌ-19)で、『Re-Clam 第3号』に「オススメのアントニイ・バークリー三冊」を寄せています。入門者向けの紹介ということなので、比較的エッセンシャルな三冊をセレクトしました。