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2018年上半期の漫画ベスト10選〜単発長編、短編集編〜

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proxia.hateblo.jp


 の続き。
 単発の長編や短編集、連作短編集などといった一巻完結のブツを扱います。
 例によって Kindle化されている本限定です。

 感想が絶望的に書けなくなっていて、そういうときのわたしは決まってキング牧師の最後の演説を引用します。良い子のみんなはどこがそれなのか注意して考えてみよう。

 

十選

吐兎モノロブ『少女境界線』(ヤングキングコミックス)

少女境界線 (ヤングキングコミックス)

少女境界線 (ヤングキングコミックス)

 主に異能ガール・ミーツ・ガール短編集。特に言語的センスが強靭。セリフをドライブさせるために計算された構成もすばらしい。今年の新人ではかなりお気に入りです。
 収録作はわりとどれもいい。一番好きなのは「アイアンリーシュ」でしょうか。ストレスから夜な夜な怪物を「吐き出して」しまう女子高生の前に、跳ねっ返りの転校生が現れる。少女の秘密を目撃してしまった転校生は彼女を呼び出し、吐き出した怪物をバットで殴らせろと要求。二人の「ストレス解消」がはじまるーーという話で、書いていて気づきましたが、セックスですねこれはもはや。
 前後編ではあるものの、トータル40か50ページくらいでプロットもシンプルですが、はじまりからほぼ嘔吐少女側で進められてきた視点をクライマックスからラストまでの10ページぐらいで転校生側へ切り替えるのが絶妙。
 「アイアンリーシュ」以外の短編にも共通する美点ですが、とにかくオチのつけかたが気の利いていて、解放感に満ちています(ダークな話なときでさえも)。長編になるとこの才がどう作用してくるのか、愉しみなところです。


ルネッサンス吉田『あんたさぁ、』(ビッグコミックススペシャル)

 双極性障害の漫画家である葉子は漫画業に行き詰まり売春まがいの行為で小銭を稼ぎつつ、務め人の弟・幹生と一軒家に同居しています。今にも爆発しそうな希死念慮とせめぎあいながら、葉子は漫画家に復帰しようと奮闘します。そんな姉をどこか一線を引いた様子で見守る幹生。そこにはどうやら姉弟の過去がからんでいるようで……、みたいな。
 「自分ではない完全な他者を書こうとしましたが結局自分と自分になってしまいました」とはルネッサンス吉田先生のあとがきですが、先生はたしかに同じ人間の話ばかり書きます。なのにいつも新鮮でおもしろい。なんでおもしろいかっていえば主人公のセリフと思考が極限まで鋭利に研ぎ澄まされているからで、一コマごとにわたしたちはさまざまな精神的ポイントを削られます。その痛みが、重さがクセになる。読者と作者の共犯的な相互自傷が最高まで達し、作品としての強度も最強になったのが本作です。現実は殴ると痛いんですよ。
 そして何より……そう、姉ですね。
 至高の姉漫画は存在するのか。
 もしそんなものがあるとすれば、シナイ山の頂上で石版に雷によって刻まれたものでしかありえない、とあなたはいうかもしれない。しかし、現実にあるのです。ここに。日本の書店に実在するのです。Amazonで売っているのです。紙で、電子で。
 もちろん、私だってみなさんと同じように長生きしたい。長生きするのは良いことです。しかし、今はもうそんなことはどうでもいい。私は姉漫画の意志を遂行したい。私は姉漫画の神から山の頂上へ登ることを許されました。そして私は目の当たりにしたのです。約束の地をこの目で見たのです。私はあなたがたと共にそこへたどり着くことはできないかもしれません。ですが、私たちは必ずそこへ行けるのだとあなたがたへ伝えたい。今宵の私は幸福です。もはや不安など何もない。もう何者も恐れない。姉漫画の栄光をこの眼で見たのですから。



アッチあい『このかけがえのない地獄』(電撃コミックスNEXT)


このかけがえのない地獄 (電撃コミックスNEXT)

このかけがえのない地獄 (電撃コミックスNEXT)


 ガーリーにあふれた短編集。
 表題作である第一話は魔法少女版自称ヒーロー/ヴィジランテものをやって見事にオリジナリティを獲得した奇跡の一作。やさしい『キックアス』とでも形容すれば少しは合っているのでしょうか。
 第二話「死んでいる君」は投身自殺した女子高生の幽霊がなぜか全く関係ない男のアパートに現れて……というハートフルロマンス。
 第三話「4番目のヒロイン」は少年漫画雑誌で連載されているラブコメマンガの世界に別ジャンルのマンガのキャラが紛れ込んでしまい、そいつがモノ扱いされているラブコメのヒロインたちをめざめさせていくフェミニズム短編……と思ったらラストにすごいオチを持ってくる。
 第四話「黙れニート」は全反労働主義者必読の、おそらく地上唯一であろうニート万歳マンガ。
 第五話「僕は彼女の彼女」、ピュアな男子高校生が憧れの女子に告白したら、彼女の密かに焦がれている別の女子に似せた異性装をすることに条件にオーケーしてくれる男の娘もの……が百合になっていく。

 外から押し付けられる窮屈なイメージや価値観を拒み、オリジナルな幸せを発見する。一口にまとめれば、そんな短編集です。イチオシは第三話でしょうか。
 「4番目のヒロイン」の世界ではキャラたちが「自分たちは漫画雑誌で連載されているハーレムラブコメの登場人物」と認識しています。ハーレムラブコメ世界では定期的にラッキースケベなシーンをこなしていかないと存在が薄れていき、モブに降格する、という設定。
 そこへ本来は戦争漫画に出演するはずだった女の子が四番目のヒロインとして紛れ込んできてしまいます。この新ヒロインは初っ端からメインヒロインの座争奪戦から降り、ヒロイン候補の一人に「恋人でもない男におっぱい揉ませて悔しくないの?」と挑発します。
 みんなハーレムラブコメの世界で頑張っているのだから馬鹿にするな、と一度は戦争漫画女に対して反発するヒロイン候補。しかし、翌日「主人公」に会ってみるとなんだか気持ち悪く感じられ、ラッキースケベを拒絶するというラブコメ漫画にあるまじき行為に走ってまうのですが……。
 ともすれば教条的になりすぎてしまいそうなアンチラブコメ話を、既存の枠組みを一度転覆した上でもう一度「ラブコメ」に作り直すという超荒業。荒業なわりと最終的なバランスはきっちりとれている。全体的に膂力がストロングと言うか、いい意味での力業が印象的な作家さんです。

 

崇山祟『恐怖の口が目女』(リードカフェコミックス)


恐怖の口が目女 (LEED Café comics)

恐怖の口が目女 (LEED Café comics)


 ホラー(コメディ?)長編。
 あきらかにギャグ寄りの作風で、あー、こういうノリね……と読んでいたら、あれよあれよという間にとんでもない方向へ……ほんとうにとんでもない方向へ……。
 みてくれに反してかなりウェルメイドで読みやすい。ページ単位で同じ構図を効果的に繰り返す手法を用いるところなんか見ると、アート志向でもあるのでしょうか。ホラーとギャグとサイケとロマンとインディーマインドが高レベルでまとまった良作です。意外に他人にも勧めやすい。


panpanya『二匹目の金魚』(楽園コミックス)


二匹目の金魚

二匹目の金魚


 マジックかリアリズムかのスペクトラムでいうなら、panpanya先生の初期作はマジックの風景にリアリズムが散在しているかんじだったと思うんですが、近作はリアリズムに穴をうがってマジックをのぞき見ている感覚があります。
 本短編集ではそこからさらに発展して、いや、改めて怪しい非日常的な世界を創り上げなくたって、今われわれのいるこの日常にいくらでもファンタジーの種はあるんだ、と訴えてきます。
 日常に潜んで黄金色に輝く死角を狩る作家を、わたしたちはエッセイストと呼び習わします。本作で言うなら「今年を振り返って」や「知恵」、「小物入れの世界」といったところがどこに出してもするりと通る、いい意味でエッセイっぽい作品です。
 それでいて、わたしたちが夢見たころの panpanya先生がそのままの姿でそこにいる安心もうしなわれてはいません。なぜでしょうね。おそらく、先生が日常の死角を収穫するだけではなくて、日常と日常のすきまにある暗黒空間を非日常的な想像力で埋めて現実として均していく、そんな営みをおこなっているからではないでしょうか。
 以上は二月に書いた文章をまんまコピペしたものです。


前田千明『OLD WEST] (アクションコミックス)


Old West (アクションコミックス)

Old West (アクションコミックス)


 やはり漫画家はガンアクションに歓びを見出す人種であるのでしょうか。『PEACE MAKER』(皆川亮二のほう)を始め「西部劇」をモチーフにしたマンガは現在にいたるまで途切れることなくほそぼそと作られつづけていて、それこそピスメのような「西部劇っぽいファンタジー」を含めればちょっとした市場です。*1
 ところが本短編集はリアルな昔のアメリカを舞台に置きながらも、あまり派手なガンアクションはやりません。それでいてたまらなく「西部劇」なんですね。
 たとえば、表題作「OLD WEST」では西部開拓時代の終わった1900年という年代設定。年老いて引退した元カウボーイの老人が隣人である農家の少年と交流を深めます。老人は若い頃から「夢や希望」を求めて西部や南部を渡り歩いた過去を少年に語る。成績優秀で進学を希望しているけれども家庭の事情でそれが困難な少年は、ロマン溢れる老人の昔話、そして「生きているうちに飼馬に乗って西海岸の海を見たい」という夢に自分の(叶わないであろう)夢を重ね、目を輝かせます。この老人は本物の「西部人」で、終わってしまった夢の時代をまだ体現しているんだ、と。
 ところがそれから間もなく老人の飼馬が死んでしまう。馬を失った老人はそれを潮に東部に住む娘の家に引っ越す準備を始めます。その姿を見た少年は「西海岸まで行きたいというのはウソだったのか?」と老人を問い詰め、農家の息子である自分はいくら勉強しても将来的にはすべて無駄で、自分はかつての老人のようにどこかへ行くことはできない、と吐露します。
 物語はそこからもう一段階飛躍していくわけですが、そこまではバラさないとして、かくのごとく前田千明先生は「夢」や「幻想」の終焉を、ときにはポジティブに、ときにはダークに描きます。そして、そこには常に「終わってしまった輝かしい可能性の時代」に対する(基本的には若い)登場人物たちのノスタルジーや憧れがついてまわるのです。
 その間に合わなかった過去への強烈なノスタルジーこそ、西部劇映画そのものでもあります。そもそも西部劇映画は始まった時点*2で「古き良き西部開拓時代」はとっくに記憶の彼方であって、だからこそファンタジーを投映できる場たりえたのでした。
 まさしく遅れてきてしまった人々による物語を描くことで、前田千明先生は「ガンアクションのほとんどない西部劇」を濃密に達成したのです。
 
 

板垣巴留BEAST COMPLEX』(少年チャンピオン・コミックス)



『BEASTERS』の板垣先生の初短編集。獣人ものです。主に草食獣と肉食獣の友情だったり恋愛だったりの関係を描きます。板垣先生が巧いのは「食う者と食われる者」というともすれば陳腐に響きかねない抽象的な構図から思わぬリアリティを突きつけてくるところで、たとえば第三話の「ラクダとオオカミ」における指の使い方なんかはこの上なくシャレています。
 動物モチーフの取扱についてはそれこそ『ズートピア』から顕在化してきているように思われますが、収録作のほとんどが『ズートピア』以前に描かれた本短編集ではわりとギリギリのバランスで、それでも渡りきってるのがセンスだなあ、と思うのです。


須藤佑実『みやこ美人夜話』(フィールコミックス)



 京美人がテーマのすこしふしぎな連作短編集。森見登美彦で育ったわたしたちの京都幻想をまた別の角度から満たしてくれる。出色は大学教授の娘が父親の教え子の「京女」と出会う第四夜。溝口健二の『お遊さま』をモチーフにとりつつ、ファンタジーの投影先としての京都を批評的に描ききっています。
 幻想はしょせん幻想なので最強ではないけれど、しかし幻想として了解したうえで現実を生きる糧ともなる、そういう話が多い気がします。つまりは恋の話でしょうか。須藤先生の品のあるタッチが作品全体の説得力に貢献しています。


谷口菜津子『彼女は宇宙一』(ビームコミックス)



 今年のサブカル漫画枠な短編集。ポップな絵柄で主として恋でドライヴして暴走まで行ってしまう人びとをSFチックに描きます。しかし個人的なお気に入りは恋バナでもSFでもない最終話の「ランチの憂鬱」でしょうか。クラスの人気者の取り巻きだった女の子が人気者の機嫌を損ねてイジメ地獄へ突入、という点では『君に愛されて痛かった』みたいな導入ですね。フツーのイジメ和解の話では「いじめてる側にもかわいそうな事情はあって〜」的なところから入るんでしょうけれど、「ランチの憂鬱」ではむしろ「いじめられている側のかわいそうな事情があって〜」からのシンパシーモードに入るのがちょっと変わっています。陰鬱な環境を持ち前のポップさの魔法でぜんぶチャラにしてしまうところがええですよね。
 ところで最近女の子のエモが高まって巨大ヒーローになったり怪獣になったりする漫画多くないですか。


三島芳治『ヴァレンタイン会議 三島芳治選集』(つゆくさ)



 『レストー夫人』でその名をとどろかせた鬼才、三島芳治がコミティアで出していた同人誌を電子化した短編集。
 三島先生の最大の魅力は言語やコミュニケーションに対するセンシティブさといいますか、フラジャイルさにあるのかもしれません。
「いとこリローデッド」では成長して疎遠になった従姉妹に対して男の子が学校で集めたことばをワードサラダのようにして投げるも従姉妹は振り向いてくれない、ではどうしたら振り向いてもらえるか、という話。人間は大人になると自分のだけのことばの世界に引きこもってしまい、他人のことばが聞こえない、あるいは他人に自分のことばを届けられない状況に陥りがちです。そうした齟齬を乗り越えてコミュニケーションが通じる瞬間をわたしたちは奇跡と呼び、魔法と呼びます。三島先生は文字通りに劇中で魔法をよく用いますね。なぜならコミュニケーションは魔法でしか実現しないと知っているから。

 ちなみに Kindleの Unlimited に入ってます。小原愼司先生の同人誌といっしょに iPadにでもつっこんで読みまくりましょう。


エッセイまんが部門

窓ハルカ『かすみ草とツマ』(ヤングジャンプコミックス)

・ひどい。


ペス山ポピー『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました』(バンチコミックス)


実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。(1) (BUNCH COMICS)

実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。(1) (BUNCH COMICS)


・個別の変態性をどう普遍に寄せられるかという挑戦でもあり、成功しています。


みやざき明日香『強迫性障害です!』


強迫性障害です!

強迫性障害です!

・わかりみ。

*1:特に90年代は多かった気がする

*2:1903年の『大列車強盗


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