これまでのあらすじ:
わかんないよ!どうするのがよかったのかも
どうしてこんな世界にふたりっきりなのかも…
……なにもわかんないけど……生きるのは最高だったよね……
(『少女終末旅行』第42話』)
自分かマンガかのどちらかを救えないのならば感想やレビューを記す意味などなく、つまり方舟はデカく設計しておいたほうがいい。つくみず先生のまんがには人生のだいじなことが全部つまっていますね。
というわけで、今回は2017年内に発売された短編集、単発長編、年内打切マンガのベストセレクションです。
一巻か二巻でまとまっているのですぐに読めて、きっちり面白く、かつ続きを気にしなくていい。そういう作品の話です。
選定ルール🐰
*ルール1:(奥付の発行日で)2017年中に発表された単発長編、短編集、アンソロジー、および同年内に第一巻と最終巻が発売された作品を扱います。
*ルール2:よって「最終巻だけ2017年」は対象外です。『エリア51』はもちろん、『青猫について』なども除外されます。かなしむナナチもかわいいですね。
*ルール3:興味の範囲的に、アフタヌーン、モーニング、ハルタ、バーズといった系統の青年マンガが中心です。
*ルール4:読書環境的に、紙でしか出てない作品は扱っておりません。短編集や単発もののくくりだとわりと厳しい縛りですが。『オッドマン11』とか。『ファン・ホーム』は全員買いましょう。
*ルール5:完全版や新装版は基本的に扱いません。私が『クウデタア』や『総合タワーリシチ』に向き合えてないせいです。『ファン・ホーム』は全員買いましょう。
*ルール6:振ってある数字はそのまま面白かった順位と受け取ってもらってかまいません。
*ルール7:文中で太字にされている書籍は「2017年度新刊(新連載)」を意味しています。
- これまでのあらすじ:
- 選定ルール🐰
- ベスト20作品
- 1『崖際のワルツ』(椎名うみ、短編集、新人)
- 2『スペクトラル・ウィザード』(模造クリスタル、連作短編集)
- 3『メダカくん、さよなら』(こうのとり昇、一話完結方式連作、新人)
- 4『売野機子のハートビート』(売野機子、短編集)
- 5『青春の光となんか』(平尾アウリ、掌編ギャグ集)
- 6『ねえ、ママ』(池辺葵、短編集)
- 7『魔術師A』(意志強ナツ子、短編集、新人)
- 8『我らコンタクティ』(森田るい、長編、新人)
- 9『甘木唯子のツノと愛』(久野遥子、短編集、新人)
- 10『インコンニウスの城砦』(野村亮馬、長編)
- 11『15で少女はアレになる』(江本晴、短編集)
- 12『大人スキップ』(松田洋子、長編、二巻完結)
- 13『アイスバーン』(西村ツチカ、短編集)
- 14『少女終末旅行 公式アンソロジーコミック』(アンソロジー)
- 15『ライオン』(園田ゆり、短編集、新人)
- 16『裸足で、空を掴むように』(梅田阿比、短編集)
- 17『イワとニキの新婚旅行』(白井弓子、連作短編集)
- 18『ウムヴェルト』(五十嵐大介、短編集)
- 19『美しい犬』(原作:ハジメ、漫画:オオイシヒロト、長編、上下巻)
- 20『まんがでわかるまんがの歴史』(作:大塚英志、まんが:ひらりん、その他)
- その他面白かったやつ。
- 拾っておきたい短編たち
- やっと
ベスト20作品
1『崖際のワルツ』(椎名うみ、短編集、新人)
- 作者:椎名うみ
- 出版社/メーカー:講談社
- 発売日: 2017/08/23
- メディア:Kindle版
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手足は全部で四本あって
すべて抑えられると終わる
『青野くんに触りたいから死にたい』と『崖際のワルツ』。
2017年は圧倒的に椎名うみ先生の年でした。
偉大なる漫画家とは単に作画や物語の技術的優劣と別にして、「この人は何か大切なことを知ってるのではないか、語っているのではないか」という予感を読者に与えてくれます。椎名うみはその「何か」を知っている。いくら口頭で説明を尽くしても語り得ない、その余白を語るための声を持っています。
この声だけは聴き逃してはならない。
人が語り得ないものの最たる例は、自らの気持ちです。
『崖際のワルツ』における連作短編の第二話「セーラー服を燃やして」は、ある日突然不登校になった中学生・内藤さんの話です。内藤さんの母親やクラス担任の先生は何度も内藤さんの部屋に押しかけては「学校に来ない理由」を問いただします。「本当のこと」を聞かせてくれと。
内藤さんは「行きたくないから行きたくない」の一点張りで大人たちをはねつけます。劇中で不登校についての直截的な理由が明示されることはついになく、読者は作中に散りばめられた要素からなんとなく推し量るしかありません。
とはいえ、そもそも量りしれないのが人間の感情ですよね。劇中でも担任の先生が「愛は形がないけれど、どうやって量るのかしら」と独りごちるシーンがあります。先生は本気で内藤さんに学校に復帰してもらいたがっていて、その情熱はほとんど狂気的です。なんども訪問すれば、むりやりにでも押しかければ、言語的な対話をやればそれは相手に通じるのか。愛を示せるのか。
内藤さんは内藤さんでおそらく自分の気持ちがよくわかっていない。第一話の「ボインちゃん」で描かれる小学生時代では、「空気読めない藤」とあだ名され、おそらく現在では発達障害などと呼ばれるたぐいであるとおぼしき、難しいこどもの一人でした。どんなグループにもこうした「たましいがない」と見なされている人間がひとりはいて、軽んじられているのか愛されているのかわからない扱いを受けているものです。
内藤さん自身も「空気読めない藤」という他人の定義を内面化し、「全然わかんないんだよね みんなが何考えてんのか」と諦め、他人の気持ちや動機をあえて訊こうとはしません。
ところが実際には、そういう人間にもひとなみの気持ちはある。ただ自分の気持ちを言語化する訓練を経ていないので、行動以外に選択肢がない。*1「セーラー服を燃やして」では対話を拒絶すること自体が彼女にとってひとつのメッセージなわけですが、それをおとなたちは誰も理解してはくれない。
椎名先生は、その微妙なさじ加減を絶妙なシンパシーで描ける作家です。
そしてその処方箋も。本短編集でもっともわかりやすい形で問われるテーマは「親友とは何か」でしょう。人間はそれぞれ固有の困難さを抱えているもので、ユニークであるがゆえに基本的には誰にも理解されないのだけれども、気持ちは気持ちとしてはそのままで他者とつながることはできる。救済はある。
椎名うみを信じなさい。
2『スペクトラル・ウィザード』(模造クリスタル、連作短編集)
- 作者:模造クリスタル
- 出版社/メーカー:イースト・プレス
- 発売日: 2017/08/11
- メディア:コミック
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あの頃に戻りたい…
まだ元気だったあの頃に…
孤独を言葉でしか知らなかったあの頃に…
そして私たちはいつだって模造クリスタル先生を信頼しています。なぜなら、この人は世間から廃棄された人間の孤独を描こうとする作家だから。
なにかが始まる物語に比して、なにもかもが終わってしまった後の物語というのはすくない。というのも、みんな「その後」にはなにもないと考えている。
でも実際には終わってしまったあとも人は生きているし、現実はつづきます。別の名前で呼ぶとするなら地獄でしょう。模造クリスタル先生は常にあらゆる形態の地獄を描く漫画家です。
『スペクトラル・ウィザード』の世界では、かつて魔法を操る「魔術師」たちが存在し、魔術ギルドなる(世間的には悪と見られる)結社を作って平和をおびやかしていました。が、人類たちは科学の力でギルドを撃滅。生き残った魔術師たちは散り散りになり、社会の底辺で生き延びることとなります。
主人公スペクトラもそんな魔術師の生き残りのひとりです。自分の体をゴースト化させてあらゆる攻撃を無効化し、どんな場所にも自在に出入りできる最強クラスの魔術を有していますが、文明社会にあってはやや鬱気味のさびしい一人暮らしの女。定期的に話す相手といえば独り身に耐えきれずに購入したぬいぐるみと、反魔術師組織の一員であるミサキちゃんくらいです。
いちおう世界にはまだ魔導書と呼ばれる、一冊で世界を危機に陥れかねない邪悪かつ強大な書物が残存していて、それを巡る騒動が全編を通じての物語を推進させる原動力となります。
が、そんな魔導書さえ、結局のところは「大きな物語が終わってしまったあとであること」の重力から逃れきれません。第一話「スペクトラル・ウィザード」の終盤で、スペクトラはある二択を迫られます。それは要するに「過去の夢と世界」を選ぶか、「現在の現実と自分」を選ぶかの選択です。そこで後者を選んでしまうことにスペクトラの主人公になりきれなさがあり、同時に彼女の絶望の深さが語られるのです。
しかし『スペクトラル・ウィザード』は絶望一辺倒ではありません。
孤独は人間性を摩滅させ、ときには命すらも奪います。しかし孤独に使いみちはないのでしょうか。害毒でしかないのか。そうではない。そうではないのだ、と模造クリスタル先生は謳います。
孤独であるがゆえに他者の孤独を分かち合えることもある。それこそが有用性なのであると、第五話「リレントレスオーバータワー」で証明されるにあたって、わたしたちは感涙を禁じえません。
模造クリスタル先生は安直な開き直りや安っぽいお題目を唱えて鬱屈を打破するような、そんな欺瞞には頼りません。あくまで弱いこころに寄り添って、そのさみしさを掬い取ってあげることを処方とします。
ツラさに満ちた世界を描く模造クリスタル先生の作品を読んでいて救われるのは、そうした誠実さがあるからです。
3『メダカくん、さよなら』(こうのとり昇、一話完結方式連作、新人)
- 作者:こうのとり昇
- 出版社/メーカー:KADOKAWA
- 発売日: 2017/04/04
- メディア:コミック
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親兄姉 みんな 死んだぞ
今日から ぼくは
ひとりぼっちっす!
web-ace.jp
(単行本に収録されているのは14話まで。15話から最終回まではリンク先のWEBで確認してください。たぶん単行本にはならないので)
ペット用魚類生態擬人化不条理ギャグものですね、
と、ひとことでくくってしまうのは簡単だけれど、奥底にはすさまじく複雑な人間への絶望が潜んでいます。
人はなぜ動物を擬人化したがるのでしょうか。
あまねく擬人化は寓話であり、メタファーです。厳然たる他者であるところの動物のなかに見いだされる人間的な教訓や共感、そういうものをわれわれは求めているのであって、その究極の桃源郷がジャパリパークであるといえます。
共感で他者と通じ合うこと、人間ではないものを人間にしていくこと、それが擬人化の鉄則です。すくなくとも、これまでの動物擬人化マンガはその作法に則っていました。
『メダカくん、さよなら』までは。
本作の挑戦はまったくその逆です。なんとなれば、人間から人間性を剥奪するために擬人化が行われています。*2
頭の足りないメダカくんやその愉快な仲間たちは気まぐれな神である飼い主の人間*3から理不尽に家族を奪われ、苦しめられる。なぜかといえば、魚に人権などないからです。やつらはノータイムで他人のうんこを食ういきものだ。
飼い主にとって大切なのはアロワナといった「一軍」の魚たち。メダカくんたちの住む「二軍」の雑居水槽はよくて神のおもちゃか、御光の届かぬ不毛の地です。しかしそれでも魚たちは神を信仰してそこで生きるしかない。彼らに心はないかもしれませんが、痛覚はある。その痛みが作者すら気づかないうちにメダカくんたちの日常を削り取っていく。まるで旧約聖書の趣。
たとえスイス議会や神のご加護などなくとも、メダカくんはちっちぇえプライド、もとい尊厳を守るために日々悪戦苦闘します。はたから見たら大体どれもキチガイのわがままですが、そこには他者と繋がりたい構われたい大切にされたい人間でいたいというプライマリーで切実な希いがある。
だからこそ、テンポのよい非定型発達ギャグを読むまなじりから、知らずしらず涙があふれてくるのです。
4『売野機子のハートビート』(売野機子、短編集)
売野機子のハート・ビート (フィールコミックスFCswing)
- 作者:売野機子
- 出版社/メーカー:祥伝社
- 発売日: 2017/01/07
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おれたちは
ゆらぐものと ゆるぎないものとの
波間を遊ぶ
売野先生の短編って個人的に当たりハズレが結構はげしいんですが、これはどの収録作も掛け値なしに傑作。
いちおうどれも音楽にまつわる物語というふうに題材が統一されており、絞られた情報量、考え抜かれたモチーフの配置、話運びの妙、情緒の抜き出し方、いずれをとっても神域に達しているといっても過言ではありません。
収録された四編には「音楽」以外にも共通項みたいなものがいくつかあって、そのうちのひとつが「過去に置かれた幻想の打破」でしょう。
といっても抱いていた幻想が崩れて人間が絶望する系のやつではなくて、むしろその崩壊が希望につながるたぐいのやつです。その崩し方がどの話でもひじょうに巧い。ビル爆破ひとすじ四十年の職人レベルです。
たとえば三番目に収録されている「夫のイヤホン」。
主夫をやっている夫の様子がなぜか最近おかしい。十年前のヒットソングをひたすら聴いているのですが、夫自身にもなんでそれをヘビーにリピートしているのかがわからない。
妻は「自分がなにか悪いことをしたのでは?」とパニックになりますが、やがて夫は聴いていくうちにその曲が自分の中学生時代とつよく紐付けられていたことを思い出します。
かつて「死にたくなるようなことがようさんあって」通学路で嘔吐していたとき、「14才のおれを通学路から救い出してくれた」音楽なのでした。
それが十年という歳月を経て、今度は「おれを14才の通学路に連れ戻してしまう」ことになる。辛かった過去を思い出すよすがとなってしまう。
逃避のための鎮静剤が今度は呪いとなる、この反転にはうならされます。
そのままで終われば哀しい話ですけれど、夫の過去を聴いた妻は、思い出されてしまったつらさに打ち勝つための提案をします。それもまた「音楽」を利用した対処法で、話としてもうつくしい。
そして、題材の使い潰し方でいったら第一話の「イントロダクション」が出色でしょう。39才のおっさんミュージシャンが34才のパンピー女にミーツするラブストーリーですが、これもまた幻想の崩し方と恢復の情景がすばらしい。
「よく出来た短編集」を読みたいなら本作をおいて他にはありません。
5『青春の光となんか』(平尾アウリ、掌編ギャグ集)
- 作者:平尾アウリ
- 出版社/メーカー:竹書房
- 発売日: 2017/04/28
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私たちは何も間違ってないんだもの……!!
連作のようなそうじゃないような、主に高校を舞台にしたギャグ短編集。
あらゆるギャグ漫画に通じる話ですが、これについてはもう読んでみてくださいとしかいえないですね。
平尾アウリの唯才はBPM300で淀みゼロのセリフ回しにあり、それに卓抜したギャグセンスがあわさって最強に見えます。 本作における疾走感は先生の人気作『推しが武道館に行ってくれないと死ぬ』から理性を抜いて暴走するだけ暴走させたようなかんじで、その破滅的な暴力性は終末の獣そのもの。読める滅びがありますね。
そんなペンを持ったバルバロイことアウリ先生ですが、見た目に反して存外に受けが広い作家でもあります。
作品に散りばめられた要素要素から「平尾アウリ好きな読者ならこんな共通点のあるこういう作家も好きだと思われます、と人力サジェスチョンしやすいです。そういう意味では現代マンガ界のタコ足USBハブ、もとい結節点であり、平尾アウリに「今」が詰まっているともいえます。言うだけならタダですね。
他人の話で恐縮ですが、私はインターネットで平尾アウリを介して売野機子先生(目の描き方が似てるとかなんとか)や椎名うみ先生を薦める人間を見てきました。逆にいえば、売野機子や椎名うみでウェルカムトゥようこそ平尾アウリを読ませるのもアリなわけで、そうやって無限に興味を広げていけば救われるマンガも増えるのかしらね。
6『ねえ、ママ』(池辺葵、短編集)
- 作者:池辺葵
- 出版社/メーカー:秋田書店
- 発売日: 2017/06/16
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あの子の人生を私たちが代わりに生きてやることはできないんだから。
母と子についての短編集。
ゆったりとしたコマ割りにゆったりとしたセリフ回し、まさしく池辺葵先生だけに許された贅沢さです。
本短編集のように母の視点と子の視点とがバランスよく織り交ざった作品はめずらしくて、そのどちらにもやさしいまなざしが注がれているものとなるとこれはほとんど希少でしょう。
子どもは子どもなりにバカだけれども、大人が思っているより切なくて強い生き物です。そんな子どもたちをきちんと自由なままに包容してあげるのがおとなに叶いうる最大限の介入であって、しかしそれがなんと至難であることか。本作ではそうした子どもとおとなの関係がちゃんと日常の物語に落としこまれていて、しかも読み応えがあります。
なかでも第三話の「夕焼けカーニバル」は傑作でしょう。
主人公は小学校低学年くらいの女の子。この子はいつも団地のアパートでひとり本を読みながらお留守番をしていて、小学校のお弁当には市販のパンを一個だけ持参してきます。クラスメイトからは物珍しがられ、先生からはネグレクトを心配される毎日です。
そんな彼女がある日、偏屈な骨董屋のおばあさんに出会って「魔女だ」と思い込んでしまう。おばあさんのほうでは一旦否定しかけますが、少女の眼に浮かびかけた失望を見て、魔女であると認めて彼女のファンタジーを守ってあげます。
その後はこのおばあさんと少女との交流の話が中心になってきます。少女の置かれた境遇を考えると、基調には哀しい話です。が、読んでいてそういうふうにとられないのは、おばあさんとの心温まる交流のおかげもありますが、ギリギリのところで周囲のひとびとのやさしさを(あるいは育児放棄した母親のものですらも)描いているところも大きくて、こうした世界の捨てたもんじゃなさ加減を表現するのが絶妙にうまいなあ、という感想です。
ときにラジカルなまでに説明を排した物語を描く池辺葵先生ですが、去年出た本作と『雑草たちよ、大志を抱け』は比較的わかりやすい。入門編としてオススメです。
7『魔術師A』(意志強ナツ子、短編集、新人)
- 作者:意志強ナツ子
- 出版社/メーカー:リイド社
- 発売日: 2017/01/20
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すごいすごいすごいすごい
きっと あたしだけがわかる
あたしにしかわからない魅力を持ってる子
to-ti.in
特別になりたい。「あいつら」とは違う自分になりたい。今の自分じゃない何かになりたい。
万国のティーンエイジャーが共通して抱く普遍的な願いを意志強ナツ子先生は描きます。その出力の仕方があまりにも変態的かつ複雑なせいで誤解されやすいのですけれども、基本的にはわかりやすく洗練されたプロットラインばかりです。
コースアウト願望を持った少女が特別な誰かとつながって特別な儀式を行うことでその夢に手を伸ばそうとし、うらぎられる。本短編集に収録されているのは、基本的にはだいたいなそんな話です。
その期待してしまう過程がほんとうにいい。世間や俗っぽさをバカにしつつも自分もまたその俗っぽさから逃れきれない事実、まさに思春期の自意識が切実に空回っている。かつてそういう青春を過ごしたであろう私たちの胸にもぐさぐさ刺さってきます。
本短編集では、後半の方からそうした自意識や幻想が挫折したあとの「その後」も描かれるようになり、そこあたりの邪悪なイノセンスも心打たれます。
不吉さのふんぷんたる画風には好き嫌いがわかれるでしょうけれども、おさえておかないと損をする作家です。こうのとり昇、椎名うみに並ぶ2017年度三大異才新人と称してさしつかえはありますまいか。
8『我らコンタクティ』(森田るい、長編、新人)
- 作者:森田るい
- 出版社/メーカー:講談社
- 発売日: 2017/11/22
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「これ映画のフィルムでしょ なつかし〜〜 なんでこんなモノあるの?」
「飛ばすから」
「飛ばすって?」
「宇宙に」
打算的な女が天才的な技術者である元同級生の男を利用して町工場から下町ロケット飛ばして一攫千金を目論む話。
間違いなく2017年を代表するマンガであり、新人でしょう。アフタ系でここまでの完成度は『子供はわかってあげない』の田島列島先生以来では。
まずね、オープニングが100点ですよ。
会社の飲み会のカラオケ会場で上司から理不尽な説教を受けて俯いているキツネ目三白眼の女。説教が途切れた一瞬のすきをついて会場から脱出し、夜の街を「クソ……クソが……クソ野郎……」と怨念たっぷりに歩く。ためいきをついて人気のない歩道橋にさしかかったとき、ふと道路に走る自動車のライト(この夜の表現がすばらしい)を見下ろして、「きれいだな」と感じ、「会社辞めちゃおっかな」とぼんやり考える。
そこに声をかけてくる謎の男。最初は認識できなかったものの、なんでも小学校のころに同じクラスだった変人らしい。ストーカーと勘違いして一旦は逃げ出す女だったが、つかまって(説得する描写を飛ばして)彼の工場へとつれていかれる。
そこにあったのは巨大なエンジン。「燃焼実験をします。ホントにすごいから」。
そしてホントにものすごい熱を吐き出すエンジン筒を目撃してしまう。「すごいじゃん。すごいよ」。男は、これを宇宙に飛ばしたいと言う。法的には許可がおりるかわからないが、技術的には飛ばせると。
その男の後ろ姿を見ながら考える女、単行本15ページ目の大ゴマ三段、上のコマから徐々にクローズアップしていく女の顔。
「こいつ バカだ」
「でも 金になりそう」
「会社、やめられるかな」
完璧です。
本編をここまで読んで心が一ミリを動かされなかった人はたぶん疲れているとおもうので、今すぐスパに行って温泉浸かってマッサージを受けてコーヒー牛乳飲んでデトックスして寝ましょう。
とにかく現代アフタヌーンにおけるサブカルマンガの粋を集めたような絵、構図、コマ割り、キャラ、夜や陰影の表情がいちいち考え抜かれていて良いに良いに良い。各項目に点数をつけるだけならほぼ満点だとおもいます。
長嶋有ことブルボン小林せんせいはかつて「本は出たときの『気分』を切り取る」とおっしゃっていました。それはなにも社会的な「気分」だけではなくて、マンガという界隈の流行りや空気みたいなものも反映されてくるものです。
2018年1月現在、サブカルマンガ界の気分はこれです。サブカルマンガさんに「最近どうよ?」と訊ねたら、きっと「あー、『我らコンタクティ』みたいな?」と返してくるでしょう。語尾をあげるな、語尾を。
新人としてはちょっと空恐ろしいレベルに完成されすぎているので今後どうなるかな、と思わないでもないですが、別にマンガ界においては最初から完成されていることは罪ではないのでもりもりと傑作を量産していってほしい。
9『甘木唯子のツノと愛』(久野遥子、短編集、新人)
- 作者:久野遥子
- 出版社/メーカー:KADOKAWA
- 発売日: 2017/07/24
- メディア:コミック
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やつらときたら
世界は見えるものだけなの
まずひかれるのは圧倒的な画の緻密さ。
まるっこくやわらかい感じにデザインされたキャラたちがそよぐように立っている。とにかくひとコマひとコマが眼をなでる感触だけでも愉しい。
透明人間を信じる小学生、巨大ヒーローとして戦う女子高生、ある科学者の死んだ娘のきぐるみを着せられて過ごす誰か、頭にツノの生えた少女。本短編集に収録された物語はいずれも「視線、視ること」が強調されていて、特に「見られることに対する少女の意識」をSF設定を通してみごとに消化しています。ツボです。
かわいらしい絵柄とは裏腹にちょっとビターな味付けの話が多いのが『ビーム』っぽさなのかな、といいますかなんというか。なつかしいサブカルマンガのかおりがする。半面、画力と雰囲気と初期衝動でドライブさせているように見えながらどの短編もストンと気の利いたオチをつけるインテリジェンスもふせもっていて、まあとんでもないですよ。
新人といってもデビューは2010年。そのときの受賞作からこつこつと描きためていったものがようやく初単行本にまとまったのが本作です。
では七年のあいだに何もクリエイティブな活動をしていなかったかというとさにあらず。ところ離れたアニメ業界では一線級の活躍をしておりました。岩井俊二が帯を寄せているのも『花とアリス殺人事件』でディレクションを務めた関係ですね*4昨年は『宝石の国』のエンディングを担当したり、本編でも演出をしたりしていたそうです。マジでアニメ界のホープやんけ。
そんな実力者が2016年を機にマンガ制作に回帰したのはマンガ界にとってもよろこばしいニュース。本業との兼ね合いから多作とはいかないでしょうが、コンスタントに読んでみたい作家です。
10『インコンニウスの城砦』(野村亮馬、長編)
- 作者:野村亮馬
- 発売日: 2017/01/01
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美味い物を食べるのは死ぬ時のための準備だと思え
今後死ぬような目に遭った時には食事のことを思い出すんだ
悪くない人生だったと思えるはずだ
氷期を迎え、わずかに残された居住空間を人々が奪い合っている惑星。少年カロは上司のニネットとともにスパイとして敵軍の移動城砦に潜入する。そこで彼らは労働者を偽装しつつ、敵軍の英雄インコンニウス暗殺を目論むのだった。というスチームパンクSFスパイもの。
宮﨑駿を連想させつつも確かにオリジナルで細密な世界観、シャープでハードボイルドなセリフの数々、魅力的なキャラ、謎の労働、フックとサプライズに満ちたプロット、三つ編み眼鏡のおねえさんからケツ穴に指をつっこまれるショタ、などなどのきらめきが200ページ弱にタイトにおさまっていて、単発長編としてはずば抜けた完成度を誇ります。スパイものらしく心情描写などは最小限以下に抑えられていますが、それでいてキャラクター同士のエモーションが実に能く響いてくる。
野村先生は『ベントラー、ベントラー』におけるオフビートコメディの印象が強いんですけれど、本作はシリアスに絞った体脂肪率3%の硬派な長編です。イノセンスを喪失する少年の話はどんなジャンルでもよいものですね、ナナチ。
ちなみに本作は自費出版。年始にけっこう話題になってたのでどこかの出版社が野村先生に新連載を持たせてくれると期待していたんですが、ぜんぜん音沙汰がありませんね。なぜだ……? 同じWEB発の『映画大好きポンポさん』は商業出版されたのに……? 真摯にSFまんがを作ることができる貴重な描き手なはずなのですが……誰か……助け……。
KINDLEアンリミテッドで読み放題なので実質タダ。読み耽りましょう。
11『15で少女はアレになる』(江本晴、短編集)
- 作者:江本晴
- 出版社/メーカー:イースト・プレス
- 発売日: 2017/02/17
- メディア:コミック
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雰囲気系の闇鍋ことマトグロッソ今期最良の仕事。
謎の外来生物に対する自衛策として、15歳に達した女性に『寄生獣』のミギーみたいな戦闘力を持つ生体兵器(外見はウミウシっぽくてかわいい)を埋め込む世界の青春オムニバス。
「思春期になると身体に発生するグロテスクではずかしいもの」とは、直球というか豪速球で初潮のメタファー。自然、性や男子との距離感にまつわる話が多くなってくるのですけれど、その転がし方がとても繊細でナラティブです。少女たちがそれぞれ自分なりの付き合い方を模索していく感じ。
「自分を守る武器なんだけど、なんかしっくりこないんだよね。誰かから決めつけられてる感じ。私の一部なんだから私なりの使い方がなにかあると思うんだけど」というセリフにすべて象徴されていて、なんかもうこれ以上の解説はいらない気もします。恋、憧れ、女同士の連帯、そしてバトル。
『WOMBS』を例に取るまでもなく、女性の身体に対する意識とSFは相性がいい気がします。思春期の女の子の自意識がそのままファンタジー的に漏出としてしまう作品でいえば、昨年では『ストレンジ・ファニー・ラブ』(チョー・ヒカル)や『熱海の宇宙人』(原百合子)なんかもありましたね。
今後発展が愉しみな分野です。
12『大人スキップ』(松田洋子、長編、二巻完結)
- 作者:松田洋子
- 出版社/メーカー:KADOKAWA / エンターブレイン
- 発売日: 2017/02/25
- メディア:Kindle版
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「大人のための童話」を謳った本はいくらでもありますが、真に大人のためのファンタジーを描ける作家は稀です。松田洋子先生はその希少種のひとりでしょう。
人生のきびしさ、恋愛のどうしようもなさをとことん突き詰めながらも最後の最後で甘い希望を忘れない。パンドラの箱みたいな作品ばかりを描く人ですが、今回もまたどうしようもない希望を世に放ってくれました。
主人公は14歳の女子中学生……だったのが事故で昏睡状態に陥り、目覚めたときには40歳。思春期も青年期もすっとばして中年になってしまった元少女の戸惑いを、つきそいの看護師さんの助力を通して少しずつ解消していこうとがんばります。
ですが、恋愛も就職も生活もほとんどまともに経験したことがないので当然つまづかないわけもなく……。
半分ファンタジーじみた奇想天外な導入から直でリアルの辛酸をぶっかけてくるハードな作家性は本作でも健在です。
人には誰しも子どものころに想像していた大人像があったはずで、10代、20代を経て徐々に現実となるにつれ、ほどよい幻滅を味わいつつもなんとか現実と折り合っていくものです。ところが、本作の主人公は14歳のころのファンタジーを100%維持したまま40代のリアルと向き合わざるをえなくなる。これはつらい、そうです、人生っていうのはつらいんです。「子どもの感覚のまま、気がついたら大人になってしまっていた」は普遍的かつ現実的な恐怖でもあります。
それでも不思議と希望と救いはあって、本作の場合はそれは看護師さんとの友情に見出されます。そこのあたり、ちょっとびっくりするような仕掛けもあるんですが、それは読んでからのおたのしみ。
本作は二巻完結の連載ものです。どうやら打ち切りっぽい。なのでやや駆け足に感じるところも少なくないのですけれど、それでも一つの物語としてきっちりまとめてくるあたりがベテランの腕ですね。
13『アイスバーン』(西村ツチカ、短編集)
西村ツチカ短編集 アイスバーン (ビッグコミックススペシャル)
- 作者:西村ツチカ
- 出版社/メーカー:小学館
- 発売日: 2017/12/15
- メディア:Kindle版
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マンガに愛されながらもその愛を全力で拒絶し続けてきた絶後の鬼才・西村ツチカ先生が今回はチューまで行きました。比較的読みやすいので読みましょう。あいかわらずエキセントリックな表現が多いですけれど。たまに横山裕一すれすれの域に達してるぞ。やっぱり読みにくいのかもしれない。
オブセッションと思い込みが支配するツチカワールドは本作でも健在です。
先生にしてはちょっと異色だな、とおもったのは最後に収録されている「友達の描いたマンガ」という短編。
「マキさん」という漫画家とシェアハウスで共同生活していたころの話*5、という体で描かれたものです。
「マキさん」は気難しい作家です。彼の持ち込み用原稿をツチカ先生が読んで「おもしろかった」と伝えるんですけれども、その感想をガン無視して「自分のまんがはなぜつまらないのか」というのを延々自問した挙句、「描き直す」と宣言します。
そんな「マキさん」とツチカ先生には共通点があって、どちらも石黒正数と藤子・F・不二雄が大好きなんですね。
藤子・F・不二雄を熱く語る「マキさん」に、ツチカ先生は「自分がいつかマキさんのことをマンガに描くときはF先生キャラみたいにする」と約束するのですが、まさに「マキさん」の顔はF先生キャラっぽく描かれていて、読者になんだか不思議な異化効果を与えます。そのせいもあって、なんだか全体的に『まんが道』っぽい印象も受ける。ツチカ先生なりの『まんが道』なのでしょう。
14『少女終末旅行公式アンソロジーコミック』(アンソロジー)
- 作者:つくみず
- 出版社/メーカー:KADOKAWA
- 発売日: 2017/10/13
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たばよう先生、器械先生*6などメインストリームから抹殺された(されてない)コミティア組による一揆。生きるのは最高だったよね……。
アンソロジーというのはファンブックのようなもので、「まあ、アンソロジーだしね……」(by 位置原先生)なクオリティの本が多いですが、これはようよう高水準。参加者たちがちゃんと原作を読み込んでいるのもありますけれど、最大の成功要因は、ややとんがり気味の人たちが多い作家陣をみごとに許容する原作の度量の広さでしょう。
そして二次創作として誰よりも「わかっている」ものを描いているのが、誰あろう、つくみず先生自身です。
主人公二人が現代の日本で大学生活を送りながら怠惰にセックスを重ねるというパラレルな日常を描いた内容で、そこは確かにわれわれと地続きの世界なんだけれども、彼女たちの世界観は実はポストアポカリプス的な原作世界とあまり変わっていない。「私 過去も未来も好きじゃないもん 今しか欲しくない」というセリフには原作テーマの告白ですらありえます。
ちなみに本書が出版されたときにはファンの「二人が(原作世界でも)日常的にセックスしてるのを仄めかしている!」というツイートがバズっていましたが、これはあきらかに間違いで、もしそうであったのなら157ページでちーちゃんが映画の性交シーンを見て「なんかムズムズする映像だね」などとは言わないでしょう。ちーちゃんに性的な知識はおそらくない(読書家のユーは知識としては知っている)。
それよりは「ちーちゃんが性教育を受けたもう一つの現実世界では、こういう関係もありえた」という、その偏差にこそわびさびを見出すべきではないか、とそうおもうのですが、いかがでしょうか。いかがでしょうか。
漫画原作のアンソロジーでは『メイド・イン・アビス公式アンソロジー』もなかなか粒ぞろいでした。んなぁーとしか言えねえ。
15『ライオン』(園田ゆり、短編集、新人)
- 作者:園田ゆり
- 発売日: 2017/06/14
- メディア:Kindle版
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高校の放送部を舞台にした連作青春短編を中心とした短編集。
自分を抑圧している主人公が何かものすごい才能や熱意をもった人間を羨みながら傍観しつつ、自分の弱さを見つめ直していく話が多いですね。一話一話がほんとによくまとまっていて新人離れしています。
特に学校に配されているモチーフやアイテムの使い方が絶妙で、表題作の「ライオン」では授業参観の作文発表をこんなふうに使うのか、という新鮮な驚きがありますし、その次に収録されている「ブルーレター」では放送部という舞台とリクエストボックスという装置を物語を動かすのにすごくうまく使っている。現在連載されている『あしあと探偵』でもそうですが、端正なマンガを描く人です。
高校生の青春ものも好きですけれど、収録作で一番のお気に入りは「弟の外出」。今年最高の姉短編マンガです。姉フィクション読みはマストリード。
ちなみに本書も『インコンニウスの城砦』とおなじくKindleアンリミテッドでも読めます。実質タダだやったぜ!!!!!!!!!!!!!!!!!
16『裸足で、空を掴むように』(梅田阿比、短編集)
裸足で、空を掴むように 梅田阿比短編集 (ボニータ・コミックス)
- 作者:梅田阿比
- 出版社/メーカー:秋田書店
- 発売日: 2017/09/15
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作家はときに連載作では言えないような昏い欲望を短編集で吐き出します。福島鉄平の『アマリリス』がそうであったように。そういうものを読むと作家の秘奥に触れたような気がして、わたしたちの昏い欲望もまた満たされるのです。
さて、昨年に『クジラの子らは砂上に歌う』がアニメ化された梅田阿比先生ですが、本短編集に収録された「銀の誓約」はヤバい。
田舎の旧家でメガネの女中に世話されながら女装で過ごす少年。別にトランスジェンダーとかそういうのではありません。なぜ女装しているのかといえば、友人だった二人の女子から同時に告白を受けて、態度をきめかねた挙句、「三人でずっと仲良くする」解決策として「中学まで女として過ごす」ことを自ら提案してしまったためです。女子たちもそれを容れてしまった。
なかなかどうかしていますが、その女装少年を嬉々として「お嬢様」と呼ぶメガネ女中もぶっとんでいます。途中で心が折れて女装をやめたいと告白する少年に対して、「男が一度した約束を破ってはいけない」と叱ったりもする。もうなんていうか、欲望と欲望のデスマッチじゃねえか。
なぜ一介の女中が主人に対して、そこまで強い態度を取るのか。その謎は終盤で明かされますが、明かされても「ええ……」というドン引きまじりの驚愕しかなくて、だがそれがよい。
一から十まで狂っているのに、なんとなくイイ話っぽい感じで落ちるのも高得点です。
この一編だけでも木戸賃を取るだけのクオリティはあります。
17『イワとニキの新婚旅行』(白井弓子、連作短編集)
- 作者:白井弓子
- 出版社/メーカー:秋田書店
- 発売日: 2017/08/16
- メディア:コミック
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『WOMBS』で日本SF大賞を受賞した白岩弓子のSF短編集。
コンセプトとしては「各国の神話をSFとしてリイマジンする」ってところですが、そのためにいったん宇宙人に地球を征服させるプロセスを経るところが律儀ですね。
特に神話をよく料理できてるのが、表題作の「イワとニキの新婚旅行」。ニニギノミコトとイワナガヒメ、コノハナサクヤヒメの婚姻譚を材に取っているんですけれど、岩石っぽいパワードスーツめいた「イワナガヒメ」の背中に装着されたハッチをあけると、中のコノハナサクヤヒメと御対面できる仕組み、というね。こういうの、ワンダーですよね。
人間の尊厳がきちんとしているお話がそろっています。
18『ウムヴェルト』(五十嵐大介、短編集)
- 作者:五十嵐大介
- 出版社/メーカー:講談社
- 発売日: 2017/03/23
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讃えよ崇めよ平伏せよ、五十嵐大介の短編集である。
正直『エソラ』とかの短編は一生まとまらないんだろうなあ、と思っていたので、平成のうちにこれを読めるわれわれは果報者ですね。
どの短編がどう、というよりは、ほぼ十年のタームのあいだに一人の漫画家が急速に理屈っぽくなっていく過程の記録として大変に資料的価値が高い。
あとなんだかんだ五十嵐先生は女子高生に殺されたい願望があるんだなあ……というのが。
19『美しい犬』(原作:ハジメ、漫画:オオイシヒロト、長編、上下巻)
- 作者:オオイシヒロト,ハジメ
- 出版社/メーカー:秋田書店
- 発売日: 2017/06/08
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巨乳に恋する男の子の暗黒性欲青春ホラー。話としても面白いのですが、「エロい犬の動画でオナニーする少年」のインパクトだけでも漫画史に残ってしまう。
犬をレイプするシーンの詳細な指示書をあとがきに載せてしまった施川ユウ……ハジメ先生はもう後戻りできないと思います。
20『まんがでわかるまんがの歴史』(作:大塚英志、まんが:ひらりん、その他)
- 作者:ひらりん,大塚英志
- 出版社/メーカー:KADOKAWA
- 発売日: 2017/11/04
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大塚英志によるマンガ論&マンガ史のアンチョコ。マテリアルはともかく、大塚先生の史観がどこまで妥当なのかはわかりませんが、大塚先生ファンとしてはやはり「KADOKAWA=大日本帝国」説には胸躍らざるをえません。新書で出されたみなもと太郎先生(『風雲児たち』)の『マンガの歴史』や稀見理都の『エロマンガ表現史』ともども、マンガの表現史を知ればもっとマンガがおもしろく読めるはずの一冊。
その他面白かったやつ。
『大人のためのコミック版世界文学傑作選』(アンソロジー、上下巻)
- 作者:ラス・キック
- 出版社/メーカー:いそっぷ社
- 発売日: 2016/11/02
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- 作者:ラス・キック
- 出版社/メーカー:いそっぷ社
- 発売日: 2016/11/02
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・海外の漫画家やイラストレーターたちが古今東西の世界文学を数ページずつコミカライズしていく気宇壮大な企画。だいたいは名作の名シーンを切り取ってはるんですが、ピンチョンのは高校生時代に書いた短編だったり、フォークナーのは大学生時代に学生新聞に寄稿した作品集未収録作だったりと、ときおり選者のマニアックさが暴発しています。個人的なお気に入りはカフカ「変身」、「チャールズ・シュルツはカフカっぽい」という理由で『ピーナッツ(スヌーピー)』とマッシュアップしてまう。
『モテ考 30歳独身漫画家がマイナスから始める恋愛修業』(緒方波子、ルポ)
モテ考 30歳独身漫画家がマイナスから始める恋愛修業 (HARTA COMIX)
- 作者:緒方波子
- 出版社/メーカー:KADOKAWA / エンターブレイン
- 発売日: 2017/08/10
- メディア:Kindle版
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わたしが日本語漢字能力検定協会に代わって2017年の漢字を選ぶとしたら、「北」ではなく、「緒方波子はいいから全部読め」です。わかってくれるか、一文字におさまりきれないビッグなこの想い。
モテないマイナー漫画家緒方先生がモテを目指して野球観戦に行ったり断食修行をやったり街コンに参加したりして頑張ってるうちに意外とするする恋人ができちゃったり。モテに対する自意識が薄いわりに漫画家としての自意識はちゃんと見せる(それも奇妙な形で)ところもご愛嬌ですね。
ルポはルポでいいんですけれど、本領はストーリー漫画にあると思うので、また『ちいさい梅小路さん』みたいな傑作をものしてほしいところです。
『正しいスカートの使い方』(位置原光Z、短編集)
- 作者:位置原光Z
- 出版社/メーカー:白泉社
- 発売日: 2017/09/15
- メディア:Kindle版
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ずっと同じようなノリなのに気がついたらマンガも漫才も華麗に熟練していた位置原先生。私たちはまだ貴方の単眼娘をお待ち申し上げております。
『酔うとバケモノになる父が辛い』(菊池真理子、エッセイ・体験談)
- 作者:菊池真理子
- 出版社/メーカー:秋田書店
- 発売日: 2017/09/15
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エッセンマンガって物理攻撃力(作者の経験)を頼りに素手の通常攻撃でガンガン殴ってくるだけの作品が多いですよね。それはそれでといいますか、別にマンガ的な体験を求めて読んでるわけではないのでいいんですけれど、それでもたまに「マンガだなあ」と思えるエッセイマンガに出会えるとラッキーな気持ちになります。本作は、この手のエッセイものとして一つ頭抜けてうまい。
基本的にはグデングデンになって帰ってきて他人をないがしろにする、日常的に殴る蹴るなどの暴行を働いているわけでもない、だが確実に家族に悪影響を及ぼしている父親って描くときのバランスに困ると思うんですけれど、この作者はよく自分の気持ちを掴んで表現の器に移し替えてるなあと。
『雑草家族』(小路啓之、長編、未完)
- 作者:小路啓之
- 出版社/メーカー:集英社
- 発売日: 2017/03/17
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絶筆。何者かにレイプされた姉の仇をとるために家族総出で復讐に赴く話で、軽快な引用芸とちょっとどうかと思うレベルで底がぬけた倫理観は要するにいつもの小路節。もっとこういうのを読みたかった。こういうのを続けるだけでよかったのに。
『山本アットホーム』(山本アットホーム、ショートギャグ、新人)
- 作者:山本アットホーム
- 出版社/メーカー:KADOKAWA
- 発売日: 2017/01/23
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単行本としてまとまるのが遅きに失した感もあるけれど、それでも依然ツイッタージェニックWEBギャグマンガにおける数少ない収穫。
『春と盆暗』(熊倉献、短編集、新人)
- 作者:熊倉献
- 出版社/メーカー:講談社
- 発売日: 2017/01/23
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ボーイ・ミーツ・ガールの話題作で、初読時の印象は最悪に近かったんですが、読み直してみるとやっぱり力でねじ伏せられるうまさ。奇妙で象徴的なヒロインのクセを主人公とリンクさせる手段に使うストーリーテリングとかはわかりやすいほうで、キャラの顔をどの方向に向かせるのかとか、どのくらい間を作るのかとか、とにかく練られてらっしゃる。「水中都市と中央線」がフェイバリットでしょうか。
『本田鹿の子の本棚』(佐藤将、連作短編)
本田鹿の子の本棚 暗黒文学少女篇 (LEED CAFE COMICS)
- 作者:佐藤将
- 出版社/メーカー:リイド社
- 発売日: 2017/11/30
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愛娘の部屋に忍び込んで愛読書をチェックすることで、娘とのコミュニケーションを円滑にしようと目論むダメな父親の奮闘記。佐藤先生は『別冊少年マガジン』で『嵐の伝説』を連載していた人ですね。
実在する小説やマンガのをストーリーを題材にして読書人セラピーをやろうとする話って、人を癒やす目的のために扱ってる本を一元的なストーリーへ押しこめる安い窮屈さがきらいなんですけれども、本作では扱う本をすべて架空のものに設定することでその問題を回避しています。
でっちあげられている小説の内容自体はそんなに新鮮でもおもしろいわけでもないんですが、むしろそのおかげで、娘に接近したがる親父の哀愁とキモさが際立っている気がします。
よく見たら連載継続中なんですけど、いまさら前の記事に移動さすのめんどくさいのでここに置いておきます。
『零落』(浅野いにお、単発長編)
- 作者:浅野いにお
- 出版社/メーカー:小学館
- 発売日: 2017/10/30
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今年もいろんな漫画家マンガがでましたね。『先生白書』、『終わった漫画家』、「友達の描いたマンガ」、『怪奇まんが道』2巻、『そして僕は外道マンになる』、『コロコロ創刊伝説』、『カメントツの漫画ならず道』、『藤子スタジオアシスタント日記 まいっちんぐマンガ道』2巻、『描クえもん』、『かくしごと』に『アオイホノオ』……あ、『チェイサー』の五巻は今月か。
本作は背後にすけている作者自身との距離の取り方がうまいです。あきらかに浅野いにお先生を想起させるようにできているんだけど、ギリギリで逃げ道も用意してある。そういうとこで好き嫌いが分かれるんだろうけど。
『ヒャッケンマワリ』(竹田昼、その他、新人)
- 作者:竹田昼
- 出版社/メーカー:白泉社
- 発売日: 2017/08/31
- メディア:コミック
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主として内田百閒のエッセイに関するエッセイマンガ、とでも言えばいいのか。
百閒の生活なんて百閒本人の文章を読めばよろしかろうと思う人も多いだろうけど、やっぱり絵で見ると楽だし、何を切り取るかで切り取る人の個性が出ます。切り取り方のセンスでいったら、竹田先生はよほどセンスがある人でせう。
内田百閒は漱石の弟子だったので、もちろん漱石やその周辺のエピソードもちょろちょろ出てきます。よって香日ゆらファンにもオススメ。
そういえば谷口ジロー先生の絶筆である『いざなうもの』も百閒ものですね。こちらはまだKindleになってませんが。
文学ものだと文学作品に描写された土地の風景をひたすら幻視していく『カラスヤサトシの日本文学紀行』(カラスヤサトシ)もなかなかチャレンジングな試みでした。超絶読みにくかったけど。
『サザンウィンドウ・サザンドア』(石山さやか、連作短編集、新人)
- 作者:石山さやか
- 出版社/メーカー:祥伝社
- 発売日: 2017/01/07
- メディア:コミック
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団地を舞台にした掌編集。すでにして老若男女の書き分けがうまく、複雑な話を複雑なまま短くまとめる技術にも恵まれている。
『雑草たちよ、大志を抱け』(池辺葵、連作短編集)
雑草たちよ 大志を抱け (フィールコミックスFCswing)
- 作者:池辺葵
- 出版社/メーカー:祥伝社
- 発売日: 2017/02/08
- メディア:コミック
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女子高生たちの日常。某氏も言ってたけど、池辺葵のなかではいちばんわかりやすい。
『エイトドッグス』(山口譲司、単発長編、上下巻)
- 作者:山口譲司,山田風太郎
- 出版社/メーカー:リイド社
- 発売日: 2017/10/13
- メディア:コミック
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- 作者:山口譲司
- 出版社/メーカー:リイド社
- 発売日: 2017/09/15
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『忍法八犬伝』のコミカライズ。とにかくスピーディでありながらも見せ場ではきっちり見せてくる。巻数の短い山風長編原作はしょっぱい、のジンクスを跳ね返す出来。考えてみりゃ、合うはずですよね、山口譲司と山風。
『差配さん』(塩川桐子、連作短編集)
- 作者:塩川桐子
- 出版社/メーカー:リイド社
- 発売日: 2017/09/27
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犬とくれば猫。江戸時代人情連作短編集。ある設定(思いっきりあらすじと表紙でバレてますが)のせいで全編に叙述トリックを孕んでおり、読書中はずっと警戒を強いられます。が、その設定を無意味に浪費せず、きっかりかっちりとストーリーテリングに織り込んでいるのが好印象です。個人的ベスト短編は「乙女の祈り」。
ネコマンガといえば松本大洋先生の『ルーヴルの猫』も出てましたね。
『真説☆世界史大全』(駕籠真太郎、短編集)
- 作者:駕籠真太郎
- 出版社/メーカー:太田出版
- 発売日: 2017/03/15
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歴史上の偉人や出来事をバカホラー風味にパロっていくギャグ漫画。第九話「カメラ・映像の世紀」における網膜残像記憶(疑似科学)を利用したネクロテック史は特に最高にグロくてバカ度マックス。
『湯気と誘惑のバカンス』(雁須磨子、単発長編)
- 作者:雁須磨子
- 出版社/メーカー:祥伝社
- 発売日: 2017/10/25
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いい感じにお近づきになるんだけど今一歩踏み込めない男と男の不器用なBL。互いのセクシャリティに触れずに触れずに進行していって、全体の三分の二くらいが終わったところでやっとカミングアウトするもどかしさ。恋愛ものの作られたタンマタイムってBLだと自然に表現できるルートがあるんだなという学びがありました。
拾っておきたい短編たち
上で扱えなかった短編集で、それでもこの短編だけはメンションしておきたいなー的なもの。
「小さい犬」(スケラッコ『大きい犬』所収)
- 作者:スケラッコ
- 出版社/メーカー:リイド社
- 発売日: 2017/08/03
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・表題作「大きい犬」の続編。大きい犬(一軒家サイズ)とちいさい犬(ふつうのチワワ)との交流。
圧倒的な他者に出会ったときの好奇心、おそれ、あこがれ、ひがみ、そんなもろもろの感情をつきやぶった果てにコミュニケーションはあるんだというお話です。
犬のケツ穴を描くマンガは信頼できる(市川春子とか)。
「ひかわ博一先生」「高橋留美子先生」(カメントツ『カメントツの漫画ならず道』二巻所収)
カメントツの漫画ならず道(2) (ゲッサン少年サンデーコミックス)
- 作者:カメントツ
- 出版社/メーカー:小学館
- 発売日: 2017/11/17
- メディア:Kindle版
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『漫画ならず道』はこの二人のインタビュー回に尽きます。心が折れて漫画家ではいられなくなった人間と、どんな世界にあっても漫画家でしかいられない人間。この二者の並びがまぶしい。
「出張!プレジャーストリート」(『サクライプレジャーストリート』所収)
サクライプレジャーストリート (WANIMAGAZINE COMICS SPECIAL)
- 作者:櫻井エネルギー
- 出版社/メーカー:ワニマガジン社
- 発売日: 2017/08/11
- メディア:コミック
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ケモい。エロ漫画雑誌編集部という舞台でエロ漫画規制についての議論をギャグに使う根性な。わたしのなかで『める子』(縁山)は続き物、『サクライ』は単発扱いになっています。どっちかっていうと、める子なんですけれども。あるの、派閥。
「ザ・人間チャレンジ」(カラシユニコ『メメント非日常』所収)
- 作者:カラシユニコ
- 出版社/メーカー:小学館
- 発売日: 2017/09/29
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ネコがオフィスで人間の労働に挑戦してみるはなし。完成度でいうとこの後に来る犬労働短編「BAR 俺のドッグフード」のほうが上なんですけれど、こっちは人間が世間で味わう無力感のアレゴリーとして非常に泣かせます。
木下古栗にもトラがオフィスで労働しようとしてうまくできない話がありましたね。ああいう……、そう、ああいう、ね。
「パンドラボーイ」(ゆきのぶ『ぼくらのトランキライザー』所収)
- 作者:ゆきのぶ
- 出版社/メーカー:一迅社
- 発売日: 2017/04/27
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男子高校生が希死念慮で壊れていく話。オチがセンセーショナル。本短編集はどの話も着眼点はすばらしいんですけれど、話が進むにつれてどんどん安易で雑なごまかしに流れていってしまっていて、ほんとうに惜しい。この原石は、どこかでもっと真剣に磨き上げてほしい。
「FEVER』(谷口トモオ『《完全版》サイコ工場・Ω』所収)
《完全版》サイコ工場 Ω(オメガ) (LEED Cafe comics)
- 作者:谷口トモオ
- 出版社/メーカー:リイド社
- 発売日: 2017/11/02
- メディア:コミック
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誤解と事故が重なって玉突き式に連続殺人を犯していってしまう青年のホラートラジコメディ。作者コメントによるとヒッチコックの『ハリーの災難』や安部公房の「無関係な死」を下敷きにしたそうです。ものすごい勢いで人が死にまくる疾走感がグッド。「ルール5:完全版や新装版はあつかいません」はどうした。
「寄木屋敷の夜叉の巻」(ドリヤス工場『テアトル最終回』所収)
- 作者:ドリヤス工場
- 出版社/メーカー:講談社
- 発売日: 2017/11/30
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金田一耕助っぽい名探偵ものの解決編パロディ。最初のコマのインパクトが出落ちオブジイヤーです。画面奥中央でぼんやりと棒立ちになっている和装の男、その眼にはたくわんめいた謎の目隠しが巻かれている。読者がなんだこの奇天烈さんは、と訝しんでいると、その男を挟むようにして画面手前両端の人間たちが「VR探偵!」「VR探偵じゃねえか」と叫ぶので強制的に「こいつはVRを駆使して事件を解決する名探偵なんだ!」と一コマ一発で把握させられてしまう。VR探偵の背後でびっくらこいている少年もいいアクセントだ。おそろしいまでの情報プレゼン力。
- 作者:近藤ようこ,夏目漱石
- 出版社/メーカー:岩波書店
- 発売日: 2017/01/20
- メディア:単行本
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夏目漱石の『夢十夜』のコミカライズ。赤ん坊をおぶるアノ話です。原作はわりあいフラットな調子で淡々と綴られていくんですけれど、近藤ようこはある程度まではそうしたノリを引き継ぎつつ、漫画家らしい抑揚をつけます。その手管に気取りや不自然さをまるで感じさせないのが手腕というものです。
近藤ようこといえば、『怪奇まんが道 奇想天外篇』の近藤ようこ回はめっっっっちゃよかったですね。『漫画ならず道』の高橋留美子回と合わせて三点セットです。
「四人の迷宮」(駕籠真太郎『ブレインダメージ』所収)
- 作者:駕籠真太郎
- 出版社/メーカー:ワニブックス
- 発売日: 2017/11/25
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気がついた謎の部屋に同じ顔の女が三人、さてどうなる、のソリッドシチュエーションスリラー。殺人鬼が襲ってくるパートはオフビートですが、ホワイダニット部分というか、ラストの趣向はいいですね。案出するのに多大なエネルギーを要するであろう駕籠先生の芸風には敬意を払いたいものです。
やっと
2017年のまとめがおわりました。あけましておめでとうございます。今年もふしだらな記事ばかり生産していきたいです。インターネットがふしあわせになっていくね。変わらぬご愛顧のほどよろしくおねがいいたします。かしこ
*1:だからこそ大人たちも「行動」するしかなくなり、あの「手足は全部で四本あって、すべて抑えられると終わる」の謎のホラー的感動につながるのですね
*2:「人間から人権を抜く」試みは今月発売された『ヤングエース』2月号に掲載された読み切り「葬式探し」に、より直截的な形で表現されています。
*4:巻末の著者プロフィールから経歴を引用しましょう。"1990年生まれ、多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒。在学中の2010年に第12回えんため大賞を受賞し、月刊コミックビームに漫画作品を発表。卒業制作のアニメーション『Airy Me』で第17回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門新人賞を受賞。卒業後はアニメーション制作へ進み、岩井俊二監督作の長編映画『花とアリス殺人事件』でロトスコープアニメーションディレクターを務める。また2016年にはNHKの『おかあさんといっしょ』番組内人形劇『ガラピコぷ〜』のオープニングアニメーションを制作。2017年公開の『映画クレヨンしんちゃん 襲来!!宇宙人シリリ』でメインキャラクター等のデザインを担当"赫々たる、という形容の似合う実績です。
*5:西村ツチカ先生はトキワ荘プロジェクトというシェアハウス生活していたのは事実ですが、「マキさん」に該当する人物が誰であったのかを調べる気力はない。『チャンピオン』で描いていた人らしいのですが
*6:新連載おめでとうございます