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『モアナ』はいかにしてプリンセスという名の呪縛に打ち克ったか

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*公開初日かつコンセプトの話が主なのでストーリーの話はほぼしてませんが、「こういうオチにはならない」と明かしている点においてはネタバレです。

モアナ「あのね、わたしはプリンセスじゃない。族長の娘だよ」
マウイ「いいや、プリンセスだね。ドレスを着て、動物の相棒をつれてるんなら、プリンセスだろ。ナビゲーター(Wayfinder)にはなれない」


映画『モアナと伝説の海』日本版予告編


 先に『モアナと伝説の海』(原題: Moana)の核心となる革新性*1について触れておきます。


 『モアナ』は、プリンセス物語ではない初めてのディズニー・プリンセスものです。


 どういうことか。
 ディズニーのプリンセスものを構成する二大要素がございまして、つまり、「お姫様」と「愛」です。これらに「歌」と「動物」を加えて四大元素といきたいところですが、まあ今回はさておいておきます。今回は「お姫様」と「愛」のみに注目しましょう。

プリンセスいじりの歴史

 90年代にディズニーは新たな可能性を模索するなかで、この二大要素のうち「お姫様」の見直しに着手します。その結果生まれたのが、『アラジン』のジャスミン(アラブ系)や、『ポカホンタス』(アメリカ先住民)のポカホンタスといったマイノリティ人種のプリンセスたち。中国を舞台にした『ムーラン』のムーランは単にマイノリティというだけではなく、男たちに混じって戦争に加わる「戦う」プリンセスでもありました。
 しかし、彼女たちも結局ラストでは「王子様と末永く幸せに暮らしましたさ」で終わるハッピー・エヴァー・アフターの重力に取りこまれます。そこがディズニーをして長らく「なんだかんだで旧来の女性像を押しつけているだけじゃないか」と批判される要因となってきたのです。

 2008年にピクサーを合併してジョン・ラセターとエド・キャットムルがディズニー作品を仕切るようになってからも「プリンセスはいじるけど、お定まりの結婚エンド(とそれに付随する恋愛)はいじらない」という姿勢はさして変わりませんでした。
 2010年の『塔の上のラプンツェル』は、批評的成功と商業的成功の両面でついにディズニープリンセス・ミュージカルを復興したという点においてエポックメイキングでした。が、この作品においても冒険を通じて相棒役の男性キャラとの愛情が育まれ、最後は結婚して終わります。

 そして、2013年の『アナと雪の女王』。アナ雪の何がディズニー的に画期的だったかといえば、「疑うべきは「お姫様」の形態ではなく、「愛」のあり方だったのでは?」と気づいた点に尽きます。それまでディズニーアニメで描かれてきた「愛」とは主に男女間の恋愛(初期には結婚そのもの)であり、それが女性としての幸せに直結していました。
 でも、愛ってそれだけなの? もっと愛って色んな種類があるんじゃないの? ――そうした疑問*2がアナ雪をあのユニークな結末へと導いたわけです。プリンセスものという形式にあえて則ることで、その批評的な再解釈の効果を最大化したのですね。

アナ雪以後の作品としての『モアナ』

 企画自体はアナ雪の完成以前から立っていた『モアナ』ですが、観客はやはり「アナ雪以後のプリンセス物語」と位置づけて観ます。
 第一印象として、『モアナ』はまた「お姫様いじり」に退行したかのように見えます。モアナはポリネシアンとしては初めての「プリンセス」です。南太平洋を舞台にしたディズニー映画は『リロ・アンド・スティッチ』があります(『モアナ』でも非常に目立つ形でオマージュが捧げられています)が、作品内容とリロの幼さ(五歳)から公式であれ非公式であれ、まずディズニープリンセスに含まれることはありません。
 何より、モアナの隣に控えているのは逞しい筋肉ムキムキの半人半神の男性マウイ。これまでのスマートでハンサムなプリンス像からはかけ離れていますが、観客は「ああ、このベビーフェイスのマッチョマンといい感じになるんだろうな」とある程度予期します。

 
 ところがどっこい、本作には恋愛要素がほぼ出てきません。もっぱら、モアナとマウイのコンビによる冒険と自己探求が描写されます。もちろん、物語が信仰するにつれ、二人の絆は深まっていきます。が、それが恋愛感情へと昇華されることはありません。二人はあくまで相棒(buddy)なわけです。


 ジョン・マスカーとロン・クレメンツのディズニー最年長監督コンビは、インタビューでこう答えています。

マスカー:ジェンダーに左右されないお話にしました。ロマンスもなし。
クレメンツ:彼女はこの映画のヒーローであり、英雄的な旅に出て、海とつながったスーパーパワーを持っています。そういう意味でも、やはりスーパーヒーローなのです。彼らは仲間(buddy)であり、だからこそ助け合う。
http://www.denofgeek.com/uk/movies/moana/45647/ron-clements-john-musker-interview-moana-disney-animation

 

ジョン・マスカー:私たちはモアナは新しい種類のプリンセスであると想像しました。冗談まじりにですが、「バッドアスなプリンセス」としてキャラ付けしたんです。私たちは彼女を冒険アクションのヒーローと考え、青春成長譚(coming-of-age story)として物語を作ったんです。
http://www.denofgeek.com/uk/movies/moana/45647/ron-clements-john-musker-interview-moana-disney-animation

 
 アナ雪でさえ主眼に置いていた「愛」からプリンセスを解き放とうとしたわけです。いくら冒険しようが、いくらおてんばで男勝りな性格に設定しようが「愛」がプリンセスを縛ってしまう――と考えたかどうか。
 「愛」ではなく冒険重視の姿勢はクライマックスの改変からも伺えます。当初考えられていたエンディングはモアナがあるキーアイテムをある場所に埋めこむために海の中へダイブして、そこで閉じ込められてしまい、マウイが救助にかけつける、というものでした。ところが、この案は「あまりにマウイがヒーロー的になりすぎる」という理由で却下され、完成版のモアナが主体的に活躍する案へと変更されたのです。
 そうして『モアナ』は、Time 紙の Eliza Berman が指摘するように、プリンセス物語やラブ・ストーリーというより自己発見の物語となりました。

 別のインタビューで監督たちは作品のテーマは「内なる声を聴け。すべてはそこにある」であるとも言っています。*3
 どうすれば幸せを手に入れられるか、というよりも、自分は何をやりたいか、何をすべきなのか、自分は何ものなのか、どこからやってきて、どこへ行くのか、そういった過去と未来のアイデンティティを探ることこそが本作のキモなのです。
 そのことがよく表れているのがミュージカル部分。それらはすべて「自分(たち)について」の歌です。人物紹介ソングはミュージカルの基本ではありますし、近年のディズニープリンセスものでアイデンティティがらみの歌が出てくることもさして珍しいわけでもなかったのですが、それにしても『モアナ』は多い。アナ雪でさえ、「扉を開けて」があったのに。*4
 そして、「自分とは何者なのか」という問題意識の点でマウイとモアナは相似していて、それが二人の間に結ばれる絆のきっかけとなります。
 

 本作は旅と冒険のスペクタクルに溢れています。しかし、エンディングの先にあるのはハッピー・エヴァー・アフター式の落ち着いた幸せではなく、さらなるスペクタクルと探求の日々です。
 ある人にとってはディズニー映画がアナ雪でさえ描かれていた「愛」を捨てたように見えるでしょう。ある人にとってはディズニー映画がこれまでとは別種の「愛」を獲得したように思えるでしょう。
 一方で、モアナはプリンセスでありつづけます。しかし、それはお城で着飾って王子様とダンスする、という意味でのプリンセスではありません。人々の行くべき未来を示し、道を果敢に切り拓いていくリーダー的存在、劇中での言葉を借りるなら、「族長(チーフ)」です。
 最初に「プリンセス物語ではない初めてのディズニー・プリンセスもの」だと言ったのは、そういう意味です。なんか書いてくうちに、最初の意図と違ったような感じになったかもですが、まあ、ともかくもそういう感じです。


*1:not ダジャレ

*2:まあアナ雪が実際にそうした問題意識でもって制作されたかどうかはまた別にして

*3:また別のインタビューではプロデューサーも同様の趣旨の発言をしているので、チームとしての共通見解なのでしょう

*4:そう、「扉をあけて」はラブソングです。思えば、ディズニーミュージカルのド定番は「A whole new world」にしろ、「Can you feel the love tonight」にしろ、「Beaty and the Beast」にしろラブソングばかりですね。ラブソングであればプリンセスとプリンスのデュエット曲になるのでそこに感動的なケミストリーが生じますし、主演同士が揃いぶむというので映画のクライマックスにも据えやすい。プリンセス・ミュージカルのパロディを志向するアナ雪にとって、「扉を開けて」は避けては通れない道であり、これがあるからこそプリンセスが孤独に歌う「Let it Go」が活きるのです。


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