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2019年に5巻以内で完結した面白マンガ10選+α

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 火は、地獄で生まれた言葉の最終目的地だった。
  ーー『日々の子どもたち』、エドゥアルド・ガレアーノ

proxia.hateblo.jp




 早期に終わる、あるいは打ち切られる連載マンガはつまらない。
 そのような呪わしい言説が、いまだネットでまかりとおっている状況に唖然とします。
 ママの愛情が十週目で打ち切られたせいでそういうトンチンカンなことを抜かすのでしょうか?
 一生こち亀ガラスの仮面だけを読んで生きるつもりなのでしょうか? それも人生といえば人生でしょう。

 厳然たる事実として、長く続いていようがいまいがおもしろいマンガはおもしろい。
 ことマンガに関しては天網は恢恢、疎にして漏らしまくるものなのです。

 というわけでまいりましょう。
「2019年、五巻以内で完結した面白マンガ十選+α」。 


選定にあたってのレギュレーション

・単巻、短篇集、上(中)下巻などは外す。


ベスト10選

1.魚豊『ひゃくえむ。』(全5巻、マガジンポケットコミックス)

ひゃくえむ。(1) (KCデラックス)

ひゃくえむ。(1) (KCデラックス)

  • 作者:魚豊
  • 出版社/メーカー:講談社
  • 発売日: 2019/06/07
  • メディア:コミック

「たいていの問題は100mだけ誰よりも早ければ全部解決する」。
 才能にまつわるフィクションはお好きですか? だったら、あなたもこの本と無縁じゃない。
 100走。よーいどんで100mの距離を疾走し、誰よりも走り抜ければ勝つ、原初的な競技。そのシンプルさゆえに力量と才能がどこまでも残酷に明瞭に示されてしまう。
 才能フィクションに頻出するテーマのひとつとして、「自分では絶対勝てない天才が現れたらどうすればいいのか?」というのがあります。勝つことだけがすべての世界で、勝てなくなってしまったらどうするのか。『ひゃくえむ。』は五巻に渡ってその葛藤に対してどこまでも真摯に、濃密に向き合います。
 作品の特徴としては、言葉が強いというのがあげられます。言葉が強い才能フィクションはいい才能フィクションです。『ブルーピリオド』が証明したように。
 
 

2.模造クリスタル『スペクトラルウィザード』(全2巻、イースト・プレス

スペクトラルウィザード

スペクトラルウィザード


 模造クリスタルをお読みでない? 傷ついたことがないのなら、それでいいのだけれど(by 円城塔)。
 魔術の奥義を究め、世界を滅ぼしかねない力すら有していた魔術師集団「魔術師ギルド」。かれらの存在を危険視した国際社会は魔術師討伐組織である「騎士団」を組織し、魔術師ギルドをテロ組織として壊滅させる。
 討伐後、ギルドに所属していた魔術師たちは散り散りとなり、そのひとりであるスペクトラルウィザードも一般世界の片隅で静かに暮らしていたが……というファンタジー
 前にも言いましたが、模造クリスタルの作品は世界からあぶれて疎外された人々の物語です。そういう意味ではポップな画風に反してガロとかアックスの系譜ともいえるかもしれせん。*1
 このあまりに救われない世界で、どうすれば生きることをゆるしてもらえるのか。インターネットが忘れてしまった誠実なペシミズムがここにだけ保存されています。
 ちなみに初出はほぼ同人誌。

3.泉仁優一『ヤオチノ乱』(全3巻、コミックDAYSコミックス)

ヤオチノ乱(1) (コミックDAYSコミックス)

ヤオチノ乱(1) (コミックDAYSコミックス)

 山田風太郎が死に、白土三平が死に、横山光輝が死に、NARUTOが終わった……*2
 日本から忍者は絶え、忍者マンガも絶滅してしまったのでしょうか?
 否である、と『ヤオチノ乱』は断言します。
 平成もおわかりかけた時期にファンタジー寄りではなく、リアリズム忍者活劇をやるというアナクロニズムを通り越した豪胆さ。そのクソ度胸を成り立たせるエスピオナージュ描写の繊細さ。なにより痺れるほどにハードボイルドな世界観。
 読み終わると誰もがこういいたくなるはずです。「日本にはまだ……忍者がいるのだ!」と。
 あとは以下の記事にて候。
 
proxia.hateblo.jp

4.TAGRO『別式』(全5巻、モーニングコミックス)

別式(1) (モーニングコミックス)

別式(1) (モーニングコミックス)


 そして時代劇マンガも死んではいなかった。
 江戸初期を舞台に女性剣客(別式女)たちの恋と友情と仇討と殺人を描く死ぬほどおもしろいちゃんばらマンガ。やや理屈っぽい剣戟や、ファンタジーとリアルが奇妙なバランスで混ざった世界観は同じ講談社系の『無限の住人』を想起したりもします。
 なにより、シスターフッドの崩壊を60年代松竹時代劇ばりの容赦なさで描いたところがフレッシュ。
 

5.原作・田中芳樹、作画・フクダイクミ『七都市物語』(全5巻、ヤングマガジンコミックス)

 陸がめちゃくちゃズレて、宇宙に浮かんでいるすごい兵器のせいで飛行機が飛べなくなった世界で、顔と頭がすごくよく、性格が善良だったり狷介だったりする男たちたちが戦争するファンタジー戦記。
 とにかく一曲二癖ある男たちのカラミがいい。といってしまうと田中芳樹作品のテンプレ感想みたいですが、とにかく一曲二癖ある男たちのカラミがいいんですね。
 近年百花繚乱状態の田中芳樹作品のコミカライズとしては、フジリュー版『銀河英雄伝説』や荒川版『アルスラーン戦記』とならぶクオリティではないでしょうか。
 あまりにおもしろかったので原作も買って続きを読もうとしたら、漫画版と同じとこで終わってやんの。
 

6.百名哲『モキュメンタリーズ』(全2巻、ハルタコミックス)

モキュメンタリーズ 1巻 (HARTA COMIX)

モキュメンタリーズ 1巻 (HARTA COMIX)

 作者の実体験をおりまぜつつ、ルポ漫画にような体裁でフィクションをやる、という企みらしい*3のですが、正直そこらへんが手法的に成功してるかは微妙なライン。しかし、エピソードごとの濃さで圧倒的に勝っています。
 マイナーなAV女優のビデオをネットオークションで買い占める人物の怪、アイドルのライブのために羽田から浜松までを徒歩で踏破しようと試みるオーストラリア人、バングラデシュでの「自分探し」……どれもフィクションとしてのウェルメイドさとドキュメンタリーとしての出来事のとんでもなさとのバランスが絶妙で、非常に楽しく読めます。

7.曽田正人『CHANGE! 和歌のお嬢様、ラップはじめました』(全5巻月刊少年マガジンコミックス)

(追記:すいません、よく考えたら全6巻でした。今更入れ替えも億劫なのでそのままにしておきます)

フリースタイルダンジョン』以降、マンガでもなんとかフリースタイルラップを紙上でうまくやれないものかという試行錯誤*4がなされ、その影でいくつもの実験作がつぶれていきました。そうした屍の山の上に完成したラップまんがの結晶が『CHANGE!』だったはずでしたが……。
 フリースタイルの「いがみ合っているようにみえて、実は水面下では場を盛り上げるためにすごいリスペクトしあっている」という空気を説明ゼリフではなく、ちゃんとバトルで書けているのはすごいしアツい。
 フリースタイルラップまんがでは歴代随一だとおもいます。

8.SAXYUN『超常探偵x』(全2巻、電撃コミックスNEXT)

超常探偵X 1 (電撃コミックスNEXT)

超常探偵X 1 (電撃コミックスNEXT)

 不条理探偵部活コメディ。2019年において最も真摯にミステリを考えていたまんがは『じけんじゃけん!』とコレなのではなかったでしょうか。はいドドン 事件ですよ 
 とにかくアイディアが豊富で、テンポとコマ割りが天才的。
 

9.高野雀『世界は寒い』(全2巻、FEEL COMICS swing)

世界は寒い(1) (FEEL COMICS swing)

世界は寒い(1) (FEEL COMICS swing)

 拳銃を拾ってしまった女子高生たちの群像劇。せっかく拳銃拾ったんだから誰か殺そうぜっていう流れになり、それぞれに殺したい対象はいないかと考え出すんだけれど、恨みとか殺意とかってそんなに静的でもくっきりしたものでないよね、というところで錯綜していく。
 銃という単純明快な凶器の登場が逆に人間心理や関係の複雑さをあぶりだしていくプロセスがおもしろい。
 言語に対してセンシティブなまんがは良い漫画です。

10.山本ルンルン『サーカスの娘オルガ』(全3巻、ハルタコミックス)

サーカスの娘 オルガ 1巻 (ハルタコミックス)

サーカスの娘 オルガ 1巻 (ハルタコミックス)

 サーカスのスター、オルガの恋と人生。
 記号化されたデザインでありつつも、ロシア革命前のロシアの風俗やサーカスまわりの描写がやたら丁寧。山本ルンルン入門に是非。

必読オーバーエイジ

売野機子ルポルタージュ』『ルポルタージュ -追悼記事-』(全6巻、バーズコミックス→モーニングコミックス)

ルポルタージュ (1) (バーズコミックス)

ルポルタージュ (1) (バーズコミックス)

・2030年代の日本で、恋愛をすっとばしてビジネスライクなパートナーとして結婚することを志向したコミューンで起きた大量殺戮テロ事件の犠牲者たちについて、ルポ記事を書くことになった記者コンビのお話。人間が描かれている。
 めっちゃおもしろいです。

コージィ城倉『チェイサー』(全6巻、ビッグコミックス

チェイサー(1) (ビッグコミックス)

チェイサー(1) (ビッグコミックス)

・コージィ版『ブラックジャック創作秘話』。手塚治虫をライバル視すると同時に影で憧れている同年代作家を主人公に、「神様」手塚治虫の業績を「人間」の視点から描く。コージィ先生なりの手塚論を織り交ぜつつ、当時の少年漫画の偽史が紡がれていくさまは非常にエキサイティング。
 めっちゃおもしろいです。

原作・岩明均、作画・室井大資『レイリ』(全6巻、少年チャンピオン・コミックス エクストラ)

 戦国時代末期、滅亡寸前の武田家嫡男の影武者として死にたがりの少女が取り立てられる。岩明均の歴史ものが面白くないわけがなく、それを室井大資の絵でやるものだからいつもと空気感と言うか迫力の質が違います。
 めっちゃおもしろいです。

終了? 継続?

石川香織『ロッキンユー!!!』(全4巻?、ジャンプコミックス

ロッキンユー!!! 3 (ジャンプコミックス)

ロッキンユー!!! 3 (ジャンプコミックス)

・高校生がロックバンドやるまんがで青春のエモ(エモはやらないが)がすごい。連載が終わった後に集英社から版権戻して自己出版に切り替える(現在 kindleで『ロッキンニュー!!!』として+4巻まで出ている)という形で継続中。バイタリティが佐藤亜紀並である。

佐藤将『本田鹿の子の本棚』(全4巻?、リイドカフェコミックス)

・娘の本棚にある小説(だいたいスラップスティックで変な話)を父親が盗み読んだのをマンガ上で再現するギャグまんが。第4巻はネットで話題になった『キン肉マン』オマージュ回「ゆで理論殺人事件」や激アツ耳なし芳一リベンジバトルアクション「続・耳なし芳一&続・平家物語」などが収録されていたのけれど、なぜか「続刊未定篇」と不吉なサブタイトルが。
 この単行本が売れないと五巻が出ませんよ、ということらしい。いきなり四巻から読んでもおもしろいというか、おそらくなんの支障もないので、みんな『続刊未定篇』から買いましょう。




他言及したいところ。

仲川麻子『飼育少女』(全3巻、モーニングコミックス)
・高校の生物部でヒドラやヒトデでイソギンチャクを飼育する生物生態解説系ギャグまんが。生物に人権がない。

まつだこうた『骸積みのボルテ』(全3巻、バーズコミックス)
・まつだこうた版『シュトヘル』。シュトヘル並に続いていればこの世界観を十全にあじわいつくせたのに……とおもうと惜しい。個人的には大好き。

五十嵐大介『ディザインズ』(全5巻、アフタヌーンコミックス)
・存外にバトル描写がうまい。

吉本浩二ルーザーズ~日本初の週刊青年漫画誌の誕生~ 』(全3巻、アクションコミックス)
・日本初の週刊青年漫画誌『漫画アクション』の誕生を名物編集者・清水文人を中心に描く。『ブラックジャック創作秘話』などのルポ漫画のスペシャリスト吉本浩二がてがけているので間違いない。『アクション』を創刊して軌道に乗せたあとはかなり早送りなのがもったいなかった。

原作・谷崎潤一郎、作・笹倉綾人、Mint『ホーキーベカコン』(全3巻、KADOKAWA
谷崎潤一郎の傑作『春琴抄』のコミカライズ。絵に力がある。終盤に若干オリジナルなツイストが入ります。

佐藤宏海『いそあそび』(全3巻、アフタヌーンコミックス)
・零落したお嬢様と磯に詳しい中学生男子が磯で自給自足を目指す。女の子が釣りしたり磯や潟でがんばるまんが増えましたよね。

宮下裕樹『決闘裁判』(全4巻、ヤングマガジンコミックス)
・17世紀の神聖ローマ帝国を舞台に実在した裁判システム「決闘裁判」を裁定する巡回裁判官と姉を殺された少年と獣人っぽいけど獣人じゃない男のロードストーリー。

うかんむり『羊飼いのケモノ事情』(全4巻、RYUCOMICS)
・よくお天道様の下で堂々と出せたなと奇跡を感じるケモノラブコメ

インカ帝国『ラッパーに噛まれたらラッパーになる漫画』(全3巻、LINEコミックス)
・ゾンビをラッパーに置き換えたゾンビもの。出落ちにならないだけの膂力は有していた。

天野シロ『アラサークエスト』(全3巻、ヤングキングコミックス)
・ウルトラひさびさの天野シロオリジナルまんが。ギャグのきれあじが往年の頃からいささかも減じていない。

河部真道『killer ape』(全5巻、モーニングコミックス)
・歴史上の有名な戦場を再現した仮想空間に飛ばされて一兵卒として戦うSF。『バンデット』といい、河部先生は良いものを書くのに……。


きりがないのでこのへんでやめときます。『乙女文藝ハッカソン』とか『マーダーボール』とか『メメシス』とか『ロマンスの騎士』とかももったいなかったなー、とおもいつつ。

*1:個人的には2000年代初頭のインターネットのメランコリックさなのだけれど、話すと長くなるので割愛。

*2:BORUTOは続いてますが

*3:モキュメンタリーを名乗ってはいるものの、作者あとがきでは「私小説的アプローチを試みており、世間的なモキュメンタリーとも違うテイスト」と説明されている

*4:たとえば、ラップ描写の表現技法。ラップ場面で韻を踏んでいる箇所を強調するためにある作品では傍点をふっていたのが、『CHANGE!』ではフォントとそのサイズで強調されるようになり、よりライブ感が増した。


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