経緯と選定基準
『アニメ秘宝』発売をきっかけに、村長やななめちゃんさんに「おまえらのアニメベストを教えろ」と煽った結果、なんか自分も書かなきゃいけない空気になった。
私はアニメで育ったこどもではないのでアニメにはアニメを観るひとほど親しんではいない(特に国内テレビシリーズ)のですが……。
選ぶにあたっての基準は「個人的な思い入れ」と「映像ドラッグとしての優秀さ」です。
あんまり例外は設けない方針ですが、本格的に実写パートの混ざっている作品は除外してあります。それやったらファヴロー版『ジャングル・ブック』とかアメコミ映画もアニメじゃん、ってことになるので。*1『ロジャー・ラビット』とかシュヴァンクマイエルの『アリス』とか好きな作品が多いんですけれども。ともかく。
- 経緯と選定基準
- 1.『ファンタスティック Mr. FOX』(2009年、米、長編映画、ウェス・アンダーソン監督)
- 2.『バンビ』(1942年、米、長編映画、デイヴィッド・ハンド監督)
- 3.『千年女優』(2002年、日、長編映画、今敏監督)
- 4.『ライオン・キング』(1994年、米、長編映画、ロジャー・アレーズ&ロブ・ミンコフ監督)
- 5.『アドベンチャー・タイム』(2010-18年、米、テレビシリーズ、ペンドルトン・ウォード)
- 6『serial experiments lain』(1998年、日、テレビシリーズ、中村隆太郎監督)
- 7.『おおかみこどもの雨と雪』(2012年、日、長編映画、細田守監督)
- 8.『リズと青い鳥』(2018年、日、長編映画、山田尚子監督)
- 9.『ミトン』(1967年、ソ連、短編、ロマン・カチャーノフ監督)
- 10.『スヌーピーの大冒険(Snoopy, Come Home)』(1972年、米、長編映画、ビル・メレンデス監督)
- 10.『魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』(2013年、日、長編映画、新房昭之総監督・宮本幸裕監督)
1.『ファンタスティック Mr. FOX』(2009年、米、長編映画、ウェス・アンダーソン監督)
アメリカ土産に父が『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』のソフトを買ってきて*2以来、ストップモーションアニメは私を組成する嗜好の重要な一パートを占めています。
とはいえ、ヘンリー・セリックの血脈であるライカ(『KUBO』とか『パラノーマン』とか)のウルトラハイパー緻密なアニメーションよりは、流麗ではあるけれどどこかぎこちなさという不自然さの残るアードマン(『ウォレスとグルミット』とか)っぽいのが好みで、それというのも「人間でないものが人間っぽく振る舞おうとがんばる」ものに惹かれる性分であるからかもしれません。
『Mr.Fox』は、ラディスラス・スタレヴィッチの名作『Le Roman de Renard』(1937年)*3にリスペクトを捧げていることからもわかるように、あえてのぎこちなさを残している面もありつつも、そこで描かれているドラマとキャラはたまらなくヒューマン、という奇跡のようなバランスを有します。奇跡と言えばキツネやアナグマが二本足で歩いて喋っていることが「実写」*4ではありえない、アニメーション特有の奇跡です。
そこにウェス・アンダーソン製の世界観とユーモア、それにアレクサンドル・デスプラ一流の音楽を加えれば最強。完璧。なにも欠けたるところはなし。
2.『バンビ』(1942年、米、長編映画、デイヴィッド・ハンド監督)
何度も言っていることなのですが、『バンビ』を観たことのない人、あるいは記憶を呼び起こすには幼さなすぎるほど幼かったころに観たっきりの人はもう一度『バンビ』を観てほしい。ビビるから。ただなめらかに動いてる事実そのものに。アニメーションの純粋な暴力性だけで人間は帰依してしまいます。
本気で現実を模倣しようとしていたディズニー長編初期作品群には現実すら突き破るハイパーな官能性があり、『バンビ』は人間でなはく動物を描いたからこそのエロティックさがほとばしっています。
3.『千年女優』(2002年、日、長編映画、今敏監督)
そう、今敏は『千年女優』です。『東京ゴッドファーザーズ』でも『PERFECT BLUE』でもなく、『千年女優』。
しっかりした劇映画のようで、実のところほとんど筋なんてほとんどないようなスラップスティックなスケッチが矢継ぎ早に展開されていった末に開き直りのような決め台詞と「白虎野の娘」。永遠のベストエンディングです。
4.『ライオン・キング』(1994年、米、長編映画、ロジャー・アレーズ&ロブ・ミンコフ監督)
戦後のディズニー作品でも『ふしぎの国のアリス』、『101匹わんちゃん』、『おしゃれキャット』、『美女と野獣』、『くまのプーさん』、『シュガーラッシュ』、『ズートピア』、(ピクサーだけど)『ファインディング・ドリー』と人生の一本には枚挙に暇がないわけですが、しかし、『ライオン・キング』にはかないません。幼少期に数十回と観てアニメのイデアとして刷り込まれてしまっているからです。
ミュージカルで捨て曲がないどころか全曲神レベルという事態の尋常ではなさを、われわれはもっと重く見るべきで、ディズニー・ルネッサンスのこの時期でアラン・メンケン*5が関わっていないのに、この出来。ハクナ・マタタ。なんてすばらしい響き!
なんとなれば悪評高い続編商法の流れで濫造された『ライオンキング2』や『3』でさえミュージカル曲は珠玉です。
ミュージカルアニメが好きなのは間違いなくこの作品のせい。ちなみに制作背景や音楽の分析は谷口昭弘『ディズニー・ミュージック ディズニー映画 音楽の秘密』(スタイルノート)に詳しいです。全国民必読の書。
5.『アドベンチャー・タイム』(2010-18年、米、テレビシリーズ、ペンドルトン・ウォード)
Adventure Time - Funniest Moments Collection #1
少年と犬というエリスン以来ポスト終末SFのお決まりのホモソーシャルなフォーマットからはじまるも、やがて犬は家庭を持ち、少年は恋を知る。成長とは何か決定的で象徴的な決別ではなくてさらりと語られる細かい別れの連続なのであって、ただ破滅的なギャグアニメを快楽的に観ていたはずなのに、シーズン5にさしかかり第七十五話「レモンホープの旅立ち」と「レモンホープの帰郷」を観おわったとき、ふと、悟るのです。氷漬けのサラリーマンゾンビの群れを無邪気に撃退するような冒険があった時代は、もはや二度と戻ってこないのかもしれない、と。
あるいはそんな感傷はどうでもよくて、少年と犬がパーティーの好きなクマたちと踊り狂っているさまをぼんやり眺めていることもできる。
『ホームムービーズ』、『オギー&コックローチ』、『おかしなガムボール』、『デクスターズ・ラボ』、『タイニー・トゥーンズ』、『カウ・アンド・チキン』、『アニマニアックス』、『レギュラーSHOW』、『ぼくらベアベアーズ』、『スティーブン・ユニバース』、『リック・アンド・モーティ』、そして無数のハンナ・バーベラアニメ……カートゥーン・ネットワークはいつも私とともにありました。映像ドラッグの何たるかを、CNから学んだような気がします。
6『serial experiments lain』(1998年、日、テレビシリーズ、中村隆太郎監督)
Serial Experiments Lain Trailer
『探偵オペラミルキィホームズ』との二者択一で最後まで迷ったんですが、最終的にこっちになりました。正直な話、SFとしてだとか未来観だとか黒沢清が監督しそこねたJホラーだとかはどうでもよくて、この時代特有ののぺっとしたプラスティックみたいでアンニュイな画の感触と雰囲気がとにかく好きです。lainみたいな気分になりたいときに lainみたいな気分にしてくれるアニメが発表から二十年経過した今日でも lainしかない、という状況は嘆くべきなのでしょうか。いいえ、それでも私たちには lainがあります。なんなら、ゲーム版もあります。
第一話で、登校するために家を出た玲音を取り囲む真っ白で無機質な風景からはじまるすべてが愛おしく、陶酔的です。あとはもう、わかるでしょう。
わたしたちはみんな既に玲音のことが好きになっている。未来は今で、今が未来。それが二十一世紀です。わたしたちの生きるインターネットです。
7.『おおかみこどもの雨と雪』(2012年、日、長編映画、細田守監督)
夏。圧倒的に夏。夏というだけで三倍酔える。
日本アニメ映画でも屈指の純度を有する映像ドラッグです。劇場でたぶん七回は観ています。特に一昨年だか三年前だかに今はなき京都みなみ会館の夏休み上映にてほとんど貸切状態で観たときは最高の極みで、『インヒアレント・ヴァイス』に並ぶ夏休み映像ドラッグムービーだとおもいます。これの快楽中枢をひたすらやさしく愛撫しつづけてくれるような感覚に比べたら『MIND GAME』のドラッギィさなんかラムネ菓子みたいなものです。*6
特に雪山で親子三人が真っ青な空の下を高木正勝の「きときと 四本足の踊り」に乗せてはしゃぐくだりは百回でも繰り返して観られる。百回でも繰り返して観たい。
何かとコントラヴァーシャルな物語部分に関しては、まあ、わかるけどわりとどうでもいいかなって気分です。そういえば、『OVER THE CINEMA』で石岡良治先生が「宮﨑駿に比べて細田守はまだ言えば聞いてくれそうな気がするからみんな叩く」とおっしゃっていましたね。細田守もたぶん一生聞く気はないんだとおもいますが。
8.『リズと青い鳥』(2018年、日、長編映画、山田尚子監督)
山本寛は正しい。というのも、本作は山田尚子の(他人から見れば)絶望的な世界認識(というかコミュニケーション観)においていかに希望を見出すか、という映画で、山尚からすればハッピーエンドなわけですが、ふつーにエンタメのフィクションを観に来ている観客のものさしからすればそんなもんただのバッドエンドじゃねーか、ってことになる。
ライバルと全力で殴り合えば明日からは無二の友人になれる、という思想の少年マンガを読んで育ってきた私たちは、いつのまにか、百パーセントの「本音」や気持ちをぶつけあえば通じ合える、わかりあえる、そんな神話に毒されていて、ハッピーはそうした衝突に生じるものだと思い込んでいる。
でもそんな幸せはフィクションのなかにしかない。他人が抱いている気持ちの量や質は自分のそれらとは異なるのがふつうです。だから、コミュニケーションを諦める。他人と自分は違うのだから、と。
ところが、山尚は諦めない。持ちうるかぎりのあらゆる映像表現を駆使してスクリーンの前の観客に訴えるんですね。錯覚かもしれないその一瞬こそに歓びがあり、つながりが成立するのだと。だからこそ世界は美しいのだと謳います。そんな彼女の歪んだまっすぐさを「闇」だと言いつのる人たちは正しいが、間違っている。
そうして、結果的に、彼女のあらゆる努力の軌跡が上質の映像ドラッグとして精製されています。
9.『ミトン』(1967年、ソ連、短編、ロマン・カチャーノフ監督)
ノルシュテインにしろゼマンにしろトルンカ*7にしろ旧共産圏のアニメは中短編に良いものが多くて、こういう場では何かと不都合なわけですが、何かひとつ選ぶとしたら『チェブラーシカ』で有名なロマン・カチャーノフの『ミトン』でしょうか。
厳格なお母さんのせいで犬を飼えない女の子が、しかたなく自分の赤いミトンを犬に見立てて遊んでいるうちにだんだん本物の犬に見えてきて……という内容で、朗らかなトーンに騙されてそうは見えませんが、完全にホラーです。
何がいいって、とにかくかわいい。キャラクターから背景の小道具に至る一切がかわいいで構成されている。かわいいは作れる、と俗にいいますが、人類史において事実上かわいいを作ったのはロマン・カチャーノフ以外だけなのではないかとすら思えてきます。ほんとうにかわいい。断言してもいいが、あなたが想像しうるかわいさの閾値を遥かに越えてくる。
かわいさは肉を伴った実写作品にとって表現しづらい領域のひとつです。いいや、かわいい人間なんかいくらでもいるよ、と反駁する向きもあるかもしれませんが、では『ミトン』を超えるかわいさを具えた人間がどれだけいると?
10.『スヌーピーの大冒険(Snoopy, Come Home)』(1972年、米、長編映画、ビル・メレンデス監督)
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当記事を書き出す前から入れようと決めてはいたのですが、てっきり忘れられた作品であると思いこんでいただけに『アニメ秘宝』で二票も入っていたのには驚きました。これも幼少期に狂ったように観返していた作品です。
冒頭のシーンで、ライナスといっしょに浜辺にたたずチャーリー・ブラウンが地面に落ちていた石をおもむろに海へと放り投げたかと思ったら、ライナスが「なんてことしたんだチャーリー・ブラウン……あの石は何千年もかけて海からこの浜辺までやってきたんだ。それを君は一瞬でだめにしてしまった……」と無表情に非難します。チャーリー・ブラウンはいつもの「#SIGH#」顔で「ぼくのやってることは全部間違ってるような気分になってきたよ……」と応える。いきなりこのペシミスティックさですよ。
『アニメ秘宝』でのコメントで「アメリカン・ニューシネマだ」と言われていたのもなるほど納得で、本作のスヌーピーは原作のような達観した詩人ではなく、犬立入禁止の図書館やビーチから叩き出された鬱憤をライナスやルーシーにぶつけて凄惨な事態を招くクレージーなビートニクです。そんな彼がまさしくヒッピーであるウッドストックを相棒に、手製の楽器をならして放浪するさまはそれだけで理由不明の涙をさそいます。
『メリー・ポピンズ』などで知られるシャーマン兄弟も関わってるだけあって、音楽もいい。
10.『魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』(2013年、日、長編映画、新房昭之総監督・宮本幸裕監督)
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勢いあまって11選になってしまった。
『アニメ秘宝』の投票コメントで誰かが「劇場で七回観た」と言っていて、へえ、気が合うじゃん、私も当時劇場で七回観ました。
テレビアニメ本編の悪夢的なビジュアルも映像ドラッグとして良質でしたが、やはりまとまったワンショットとしてパッケージされた映画版にはかなわない。悪夢的というか、本物の悪夢そのものです。
他にもメンションしたい作品はやまほどありますが、キリがないのでやめておきます。
あなたのベスト10もぜひ教えて下さいね。
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*1:別にアニメってことでもかまわないとは思いますが
*2:サブカルチャーに疎かった父がなぜ幼いこどもの土産にあんなゴスなしろものを買ってきたのか、いまでもよくわからない
*3:ヨーロッパで古くから親しまれている諷刺動物物語『狐物語』の映画化。ちなみにディズニーが同じく『狐物語』を映画化しようとして紆余曲折を経て末に出来上がったのが『ロビン・フッド』であり、その『ロビン・フッド』の劇中歌が『Mr.FOX』で引用されるという奇運もある
*4:かぎかっこでくくるのはファヴロー版『ジャングル・ブック』で観られるように、動物を実写っぽく人間化させようと思えばCG技術のちからでなんとかなるから
*5:『リトル・マーメイド』や『美女と野獣』の名曲群を担当した名匠。本作で歌曲をエルトン・ジョンが担当したのは作詞担当のティム・ライスがジョンを指名したため。
*6:湯浅政明は湯浅政明で好きですが。フェイバリットは『夜は短し歩けよ乙女』と『アドベンチャータイム』のゲスト監督回「フード・チェイン」