いやー去年も新作クズ野郎映画がたくさんありましたね。
といわけで、各クズ野郎映画からよりすぐったベストクズ野郎十五名をここで発表したいと思います。
本当は「2015年に観た新作映画ランキング」の一部門としておまけにつけるくらいのノリで書いてたものがなんかやたら膨れ上がってしまったので、急遽独立させました。では、はじめます。
『ナイトクローラー』(ダン・ギルロイ監督、米)
ナイトクローラーさんことルイス・ブルーム記者(演:ジェイク・ジレンホール)
映画『ナイトクローラー』予告
圧倒的サイコパスっぷりで日々圧倒的成長を遂げていく今世紀最高の即戦力男。
三文スクープ専門のカメラマンでありながらにアーティスティックなこだわりを持ちあわせ、フレッシュでニュースバリューのある画を撮るためなら事故現場の死体を勝手に動かすことも辞さない。まさにニュースの天才。本作ではそんな彼の努力! 友情! 勝利! そして愛! の日々をあますところなく堪能できる。
『フォックスキャッチャー』(ベネット・ミラー、米)
ゴールデン・イーグルことジョン・デュポンさん(スティーヴ・カレル)
フォックスキャッチャー 予告篇
戦車からオリンピック代表チームまで、なんでも金の力で買う最強のお坊ちゃま。彼の最大の不幸は、生まれたから人の心さえ所有できる財産に恵まれていたことだったのかもしれない。おそろしいことに実在の人物。
『セッション』(ダミアン・チャゼル、米)
アンドリュー・ニーマン(マイルズ・テラー)&テレンス・フレッチャー(JKシモンズ)
映画『セッション』本予告
二〇一五年度のベストカップル。優しそうな顔で音楽学校の学生ニューマンを籠絡しといてからの理不尽きわまる罵倒の嵐で一気に観客の心をわしづかみにする筋肉ハゲ教師フレッチャー教授。彼に虐待されるうちにニューマンくんも「適応」し、クズ野郎の才能(音楽の才能はあまりない)を徐々に開花させていく様子が素晴らしい。
『恋人たち』(橋口亮輔、日)
四ノ宮弁護士(池田良)
恋人たち 2015 映画予告編
他人の心を理解できずガンガン踏みにじってくるくせに、いざ自分が嫌なとこつかれると死にそうになる。そんな誰にでもある心の暗部をそのまま擬人化させた素敵なキャラクター、それが四ノ宮弁護士です。
『恋人たち』は全体的に嫌な人間しか出てこない心温まる*1クズ人間映画で、観終わったあとには「本当にクズなのは人間ではなく、この国であり、この社会だったんだ……」という水木しげるマンガみたいな気分に浸れるのでとても良い。
『EDEN/エデン』(ミア・ハンセン=ラブ、仏)
DJポール(フェリックス・ド・ジヴリ)
フランス映画『EDEN/エデン』予告編
十代のころからクラブでDJとして鳴らしフランスのハウス・ミュージックに一時代を築く……までには至らず、ダラダラとDJ生活をつづけていくうちに気がつけば金ナシ未婚の三十代。かつての友人ダフト・パンクが世界的な名声を得ていく一方で、ポールの趣味はどんどん時代とかけ離れていき客も減少、パーティは毎度赤字という状況に陥ってしまう。最終的にDJをやめて真面目に働きだすんですが、そのかたわらで小説教室にかよって文化系女子と「ボラーニョいいよね〜」サブカル糞野郎トークかますあたりコイツ実は何も学んでなくない? という気がする。これが実の兄だったというから監督のミア・ハンセン=ラブの苦労が伺えます。
『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』(シャウル・シュワルツ、米・メキシコ)
ナルコ・コリード歌手のエドガー・キンテロ
『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』予告編
ドキュメンタリー、つまり完全実話。
メキシコでは麻薬カルテル同士の抗争で日々何百何千というギャング、そして市民たちが死んでいく。そんな血にまみれたギャングの日常と栄光を歌うのがナルコ・コリードと呼ばれるジャンルの歌曲群だ。このナルコ・コリードの題材としてフィーチャーされるのが大物ギャングの証、という風潮まであるらしい。
エドガー・キンテロはそんなナルコ・コリードの人気若手歌手。しかし、彼自身はマフィアではない。どころかメキシコ人ですらなく、カリフォルニア在住の兄ちゃんだ。にもかかわらず「ムカつくあの馬鹿を殺してやったぜ」だとか「警官をぶち殺せ」だとか過激な歌詞のコリードを歌ってメキシコで大ヒット。ついには「俺の人生をコリード化してくれ」とギャングの大物からオファーを受け、メキシコへ。そこでマシンガンまで撃たせてもらう至れり尽くせりの大接待を受け、超ご満悦になるキンテロくん。
一方そのころ「世界で最も危険な街」、ギャング抗争の激戦地であるメキシコのシウダー・フアレスでは「最後の警官」(この街で警官をやっている人間は、ギャングから賄賂を受け取るか、それを断って殺されるか、あるいは警察をやめるかのどれかひとつしか選べない)リチ・ソトが孤独で不毛な戦いをつづけていた……というふうに、キンテロくんのノーテンキなアイドル生活とリチ・ソトさんの地獄のような日常が交互に示されて、観客はなんとも言いがたい心持ちになる。無知は罪なのではなく、悪なのだ。
『ビースト・オブ・ノーネイション』(キャリー・フクナガ、米)
指揮官(イドリス・エルバ)
ビースト・オブ・ノー・ネーション予告編 - A Netflix Original Film [HD]
アフリカの某国で闘争を行っている反政府軍のゲリラ部隊を指揮するカリスマ。脱落=死を意味する過酷なトレーニングとあやしげな土着の魔術で少年たちを洗脳し、戦闘員に仕立てあげる。
彼はことあるごとに「俺たちは家族だ」と舞台の家族性を強調し、主人公の少年兵にも「俺はおまえの親父だ」と諭すが、実のところ彼は「家族」を自分の野心を達成するための道具程度にしか考えていない。そしてその彼の身勝手さが、ただでさえ悲惨な内戦をより深い地獄へと塗り替えていく。
『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』(スティーヴン・ナイト、英・米)
ロック(トム・ハーディ)
車中の男と電話の会話のみで物語が展開!映画『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』予告編
ビル工事で指揮をとる建設会社社員のロックは、超重要な作業日の前夜に突然責任ある立場を放り出して車で走りだす。彼が昔たった一度だけ過ちを犯した相手が妊娠しており、その夜に彼女が産気づいたというのだ。「美人じゃないけど、かわいそうな女なんだ」などと口走り、仕事、会社、そして一緒にサッカーの試合を観戦する約束をしていた家族をも放り出して、妊婦の運ばれた病院を向かう。
いままで放っておいた不倫相手が妊娠していたというのでいきなり情が湧くまではまあいいとして、そのために数千人の生活と生命が関わるプロジェクトをアル中の下っ端に丸投げし、かつ自分の子どもと妻をほっぽりだすというなかなかの責任感のなさ。しかも、車で走っている(八十六分間ずっと運転席で一人芝居するハーディしか映らない)あいだ、ずっとブツブツ気持ち悪い独り言をつぶやいて、ついには自分の親父の幻影と戦い出す始末。
本作で監督も兼任しているスティーヴン・ナイトの脚本(『イースタン・プロミス』とか『ハミング・バード』とか『完全なるチェックメイト』とか)は「移民ネタが多い」とよく言われるけれど、そんなことより「他人には理解できない強烈なパラノイアを抱えて半分崩壊しかけている人間」がよっぽど特徴的な気がする。ナイトが単独で脚本書いた『Burnt』(ジョン・ウェルズ監督)もそういう話なんだろうなあ。
『名もなき塀の中の王』(デヴィッド・マッケンジー、英)
囚人ネビル・ラブ(ベン・メンデルソーン)
『名もなき堀の中の王』10月10日より、新宿K's cinemaほか全国順次公開!!
ジャック・オコンネル*2演じる主人公がたまたま父親であるネビルとおなじ刑務所にぶちこまれる。父親はなんとか彼なりに父子の絆を取り戻そうとするが、十何年も刑務所で臭い飯を食ってきたクズなので子どもとどう接したらいいかわからず、迷走しまくる。息子は息子で、同房の囚人と「懇ろ」になったり、牢名主に媚を売ったりする親父の情けない姿に幻滅し、ますます彼に対する不信を深めていく。果たしてネビルさんは息子の親愛を勝ち取れるのか――。涙無くしては見られない、クズ野郎頑張り映画です。
ネビルを演じるベン・メンデルソーンは今、クズ野郎界でもっともアツいクズ野郎俳優として知られています。オーストラリア映画『アニマル・キングダム』で大変身勝手な理由から自分の甥とその恋人をひどい目に合わせるクズヤクザ中年を演じたことで注目を浴び、以後、『ジャキー・コーガン』でヤクザの賭場へ押し入って強盗を働きブラピ演じる殺し屋のターゲットとなるチンピラ犬泥棒、『ダークナイト ライジング』でウェイングループの乗っ取りを目論むビジネスマン、『エクソダス』でユダヤ人を虐める総督、『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ』でライアン・ゴズリングの超絶バイクテクを見込んで銀行強盗に誘う修理工、『ロスト・リバー』で生活に困窮したシングルマザーを怪しげなショーの仕事に誘う銀行マン、『ブラック・シー』で潜水艦チームを崩壊させるきっかけを作る短気な潜水士、などなど錚々たる大作・名作でクズ野郎っぷりをふりまいております。ここまでタイプキャスト極まった俳優もなかなかみかけない。
メンデルソーンは今後もライアン・レイノルズと共演する『ミシシッピ・グラインド』やギャレス・エドワーズ*3監督のスターウォーズスピンオフ『ローグ・ワン』などが出演作として控えており、これらの作品でどんなクズ野郎っぷりを見せつけてくれるのか、ファンの期待が高まっています。
『ホーンズ 容疑者と告白の角』(アレクサンドル・アジャ、米)
ご町内のみなさん
『ホーンズ 容疑者と告白の角』予告
ある日唐突に恋人殺しの容疑をかけられたダニエル・ラドクリフ、そんな彼をさらに唐突な事態が襲う! なんといきなり角が生えてきたのだ! しかもその角は周囲の人間を「正直になんでも白状させる」効果を具えていた!
というわけでラドクリフの行くところ会う人みな慾望と悪意に真っ正直になります。これで事件解決できるぜやっほいかとおもいきや、みんなが正直すぎるあまりむしろ混迷を深めていく有様に……。
『完全なるチェックメイト』(エドワード・ズウィック、米)
ポール・マーシャル弁護士(マイケル・スタールバーグ)
トビー・マグワイア主演 映画『完全なるチェックメイト』予告編
ソ連との対抗試合を途中放棄してチェスからの引退を宣言した天才ボビー・フィッシャーの前に現れた謎の弁護士。「おれと一緒に国に尽くさないか」と愛国者を自称してボビーを再びチェスの世界に引き戻す。わがまま三昧に高額な報酬や無茶苦茶な要求を繰り出すフィッシャーを、ときに脅し、ときになだめすかしながら、彼の数少ない友人として、ソ連のチェスチャンピオンとの世紀の一戦をお膳立てしていく。
ところが物語が進行するにつれ、フィッシャーの圧倒的な棋力が彼自身の精神をむしばんでいるのだと判明する *4。フィッシャーのサポート役である神父は「このままだと彼が壊れてしまう。治療してやるべきだ」と主張するが、マーシャルは「お国のためだ。うかうか治療してチェスが弱くなってもらっては困る!」とはねつける。やがては神父もチェスプレーヤーとしての暗黒面に落ち「もっと強いフィッシャーが見たい……」とマーシャルの意見に転び、もはや誰もフィッシャーを救おうとしなくなる。
劇中のボビー・フィッシャーも傍から見ればなかなかのクズ野郎なのだが、完全にビョーキの人物として描かれていることだし、しかも環境によってその病気が悪化させられていった被害者であるという面は否めない。反して、この大義を掲げる正気の人間であるマーシャル弁護士こそ、まさにホンモノのクズ野郎と呼ぶにふさわしい人物なのだ。「本当のクズ野郎とは何か?」を問うスティーヴン・ナイト渾身の脚本芸。
『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』(ビル・ポーラッド、米)
精神科医ユージン・ランディ(ポール・ジアマッティ)
映画「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」予告編
立ち位置としては『完全なるチェックメイト』の弁護士と似ているかもしれない。ランディもまた自らの目的のために物凄い才能を持った人間を食い物にする男だ。ただ、弁護士は狂気じみた愛国心からあくまでフィッシャーの才能を伸ばす方向に振っていたけれど、この精神科医は金さえ手に入ればどんなに天賦の才能をスポイルしてもかまわない、というスタンスだ。小悪人じみているというか、より身近な悪の恐ろしさを感じるというか。
ランディが寄生するのは六十年代に人気を集めたバンド「ザ・ビーチ・ボーイズ」の音楽面でのクリエイティブを一手に担った才人ブライアン・ウィルソン。金のなる木を意のままに操るため、ランディは精神科医という立場を悪用して症状を悪化させる薬を与えてブライアンを弱らせ、保護者として版権なども取り上げてしまう。小悪人といえど、時機さえあれば偉大なる才能を破壊しつくしてしまう、という事実に凡人である我々は震え上がるしかない。
『フレンチアルプスで起きたこと』(リューベン・オストルンド、スウェーデン・デンマーク・仏・ノルウェー)
二児の父親トマスさん(ヨハネス・バー・クンケ)
せっかくの家族旅行だったのに…!映画『フレンチアルプスで起きたこと』予告編
アルプスの雪山にスキー旅行へやってきたトマスさん一家。楽しい一家団欒を過ごすはずが、とあるトラブルに見合われたさいに家族を見捨てて一人だけ逃げ出したことでトマスさんの夫としての威厳と立場が一挙に崩壊、妻からも不信の眼で見られるように……。トマスさんはアルプス滞在を終えるまで妻からの信頼を取り戻すことができるのか? といった内容。
いやあ、これはトマスさんの行動も仕方ないでしょう、と思う反面、妻視点からすれば「いざというときに家族を見捨てる旦那」として映るのもまたわかるわけで、このリストに挙げたなかでは一番観客に近い「クズ」かもしれない。
とはいえ、トマスさんもちょくちょくオリジナルなクズっぷりを発揮します。雪山で知り合ったカップルに対して奥さんが「こいつ私ら捨てて逃げ出したんですよ〜」と冗談気味にチクられると「いやいや全然そんなことやってないし(笑)」と本気で否定しにかかったり、「許してくれよー」と泣き出したかと思えば奥さんから「うそなきすんじゃねえ!」と一喝されて「すいません嘘でした」と謝ったり、逃げ出した事実を自分でも認めたくないばっかりに認知を拒否する行動をとりまくり、とにかく情けない。
『ブラック・シー』(ケビン・マクドナルド、英・ロシア)
潜水士フレイザー(ベン・メンデルソーン)
ジュード・ロウ主演 映画『ブラック・シー』予告編
メンデルソーンあげいん。
黒海に沈むナチスの金塊を目指して結成されたジュード・ロウ率いる底辺野郎サルベージチーム。オンボロ潜水艦に乗りこむ乗員はロシア人とイギリス人で半々、いずれも揃って荒くれ者ばかりなので、当然船内には険悪な空気が漂う。
その中でもとりわけ喧嘩っぱやいのが我らがメンデルソーン演じる潜水士フレイザー。ロシア人側の乗員たちに喧嘩を売りまくり、ついにはとんでもない事件をひきおこしてしまう。
こーゆーよーな、いきがってはいるけれど、実は心が弱くて壊れやすい、不安定なクズ野郎を演じさせたらメンデルソーンは一級です。
『あの日のように抱きしめて』(クリスティアン・ペッツォルト、ドイツ)
ピアニスト、ジョニー・レンツ(ロナルト・ツェアフェルト)
映画『あの日のように抱きしめて』予告編映像
ユダヤ人の妻を裏切ってナチスに売った疑惑をかけられている夫ジョニー。そんな彼のもとに、終戦後、収容所から開放された歌手の妻が戻ってくる。しかし、目の前の女性が妻であると彼にはわからない。なぜなら、妻は顔に負った傷を修復するため顔面再建手術を受けており、容姿がすこし変貌していたのだ。
真実を切り出せない妻に、ジョニーはある提案を行う。「きみは僕の妻によく似ている。彼女は資産家だったが、収容所で死んでしまった。遺産相続のために妻のフリして親戚に会ってくれないか?」
驚くべきことに、妻はこの提案を了承する。裏切られたかもしれないとはいえ、いまだ愛する夫を見捨てるという選択肢はとれなかった。彼女は「自分」であることを気づいてもらいたくて、さんざんアピールを繰り返すがジョニーは眼をそらしつづける……。
このシチュエーションを考案したアイディア力の勝利。
追記枠
『最後まで行く』(キム・ソンフン、韓国)
殺人課のコ・ゴンス刑事(イ・ソンギュン)
【予告】最後まで行く
クズ野郎映画の本場、韓国からの現れたクズ野郎界の新星汚職デカ。
冒頭でいきなり通行人を轢いたと思ったら、死体をトランクに詰め逃走を図る。路上の検問を高圧的な態度で切り抜けたはいいものの一難去ってまた一難、今度は民間企業からの贈賄容疑(殺人課ぐるみでやってる)で内務監査の取り調べを受けるハメに陥る。同僚から内務監査班が車のトランクを調べるために向かっていると聞かされたコは慌てて死体を隠匿する方法を考え出す。それが、亡くなったばかりの母親の棺に死体を忍び込ませるというトリック。ここまでで三十分も経ってない。いかに彼がクズ野郎であるかがおわかりいただけるかと思う。
とにもかくにもディクスン・カーばりのトンチで窮場を切り抜けた……かとおもいきや、今度は謎の男から「お前が男を殺したことを知っている」という脅迫電話がかかってくる。それは彼を越える巨悪からの挑戦状でもあった。果たしてコ刑事の明日はどっちだ。