(『ジョジョ・ラビット』のネタバレを含みます)
今日は踊ってください 未来には期待したいし――「POSITIVE feat. Dream Ami」tofubeats
手
『ジョジョ・ラビット』が靴の映画であり、足の映画であることは観た誰もがわかることだけれど、劇中でまず映るのは手のほうだ。
ヒトラーに熱狂するドイツ民衆の手。「ハイル・ヒトラー」を叫び波打つ手たちを、ビートルズの「抱きしめたい(I Want To Hold Your Hand)」のドイツ語版に乗せて、アップで強調する。英語版だとサビは I wanna hold your hand. (君の手を握りたい)だが、ドイツ語版ではすこし変わって、Komm, gib Mir deine Hand. (さあ、僕に手を貸して)となる。*1
その手はナチスドイツに貸された手だ。では、その手はどのように行使されたのか。
ヒトラーを信奉する少年ジョジョは、冒頭でヒトラー・ユーゲントのキャンプに参加する。そこで彼は「手」の使いかたを教え込まれる。ナイフをふるい、本を燃やし、石を投げ、ユダヤ人を醜く描き、ハンドグレネードを投げる。
あるとき、ジョジョは年上の監督役の団員からうさぎの首を折って殺すように命じられる。Place both hands around its neck, and then hard twist. (「両手をそいつの首に回して、思い切り縊ってやれ」)と。
しかし優しい心根のジョジョは、罪のないウサギを殺せない。とっさにウサギを逃し、自らも駆け出したジョジョを、仲間の少年たちは「臆病者のジョジョ(ジョジョ・ラビット)」とはやしたてる。*2
直後、彼はユーゲントとしての名誉を挽回すべく、”ハンド”グレネードの投擲訓練に挑み、失敗して、自らを吹き飛ばしてしまう。
つまり、彼は「手」の人間ではない。すくなくとも、彼の手は誰かを縛り首にしたり、戦場で兵器を扱うための手ではない。
それでも戦争は荒ごとに向かないジョジョ少年の手すらお上に供出させる。大傷を負った彼はユーゲントとして軍事訓練に従事しない代わりに、後方での雑事に駆り出される。鉄を集めたり、志願兵募集のポスターを貼ったり。
ナチス政権下において民衆の手はヒトラーという支配者に与えられた。その国においては人と人が直接につながることは許されない。「ハイル・ヒトラー」と、ヒトラーという国父を介することでようやく彼らの関係は成立する。あの時代、イマジナリーフレンドとしてのヒトラーを持っていたのはジョジョだけではなかった。
それでもジョジョはウサギを縊り殺すだけではない手たちにも出会う。
ひとつは母親であるロージーの手。劇中、ロージーがジョジョのブーツの靴ひもを結んであげるシーンが出てくる。ジョジョが不安に苛まされるたびに、心配ないよ、とでもいうように結んであげるのだ。
もうひとつはロージーが匿っているユダヤ人の少女エルサの手。ジョジョと邂逅したさいの彼女は手そのものな存在として現れる。ジョジョがこじあけた隠し扉の縁を掴み、それを見て怯えて階下へ逃げ出したジョジョを、エルサの右手が手すりを伝ってゆるやかに追い詰める。そして、その手はジョジョの口をふさぎ、彼を脅迫する。
互いに追い詰め合う手の関係が変わりはじめるのは、ジョジョが「ユダヤ人図鑑」を作り始めたときだ。エルサの声によって与えられたイメージをジョジョの手が紙の上で翻訳することで、はからずもヒトラーを介さないコミュニケーションが生まれる。彼は直接的なつながりを通してエルサを知り、リルケを知り、人間を知る。
足
かろやかに踊るロージーの足は、本作で最も印象的なモチーフだろう。けれど、しかし彼女から少し離れて映画全体をながめてみると、実はネガティブな足もいくつか見いだされる。
たとえば、ウサギ殺しを拒否したジョジョを踏み潰すと脅す足。
たとえば、絞首台に吊るされて浮かぶ反ナチ活動家たちの足。
地についてない足はどこか不吉だ。それは幽霊の足だから。
「たぶん、わたしたち(ユダヤ人)はみな幽霊なのかもね。気づいていないだけで」と言うのはエルサだ。死んだジョジョの姉の幽霊として、かろうじてジョジョの家で生き延びることをゆるされた*3彼女は街へ出歩くための足を必要としない。
おなじく、(そしてこちらは文字通りの意味で)足を失った戦傷帰還兵たちは戦時下における幽霊たちだ。彼らがプールで泳ぐことでそれがいっそう強調され、プールサイドでステップを踏むように歩くロージーの靴とあざやかに対比される。
ロージーは言う。
「ダンスは自由な人たちのためのものよ。そして窮極の脱出手段」
彼女にとってダンスは運命の恋人である夫と出会った入り口でもある。つまり、ダンスなしではジョジョは生まれなかった。
ジョジョはダンスの申し子として生まれたわけだ。
だから、ジョジョは、母から受け継いだ手をウサギを縊るためではなく、誰かの靴ひもを結ぶために使う。
だから、ジョジョは、母から受け継いだ足を踊るために使う。
そう、手はつなぐためにあり、足は踊るためにあるのだ。
*1:英語になおすと come, give me your hand.
*2:ジョジョが根っからの「ナチ」でないことはキャンプに参加する直前のシーンで示されている。彼はユーゲントの仲間数人と森の中をかけるのだが、足の遅い彼は集団に追いつけない。ナチスの速度に同期しない人間として暗示されている。
*3:劇中でエルサはしばしば死んだジョジョの姉の幽霊と重ねられる。ジョジョはエルサと出会ったことを母に悟られないようにするために「死んだお姉ちゃんの幽霊がお姉ちゃんの部屋にいる」と報告するし、ゲシュタポによる家宅捜索の場面はジョジョの姉のIDを自分のものと偽って提出したエルサに「写真を取り直せ、まるで幽霊みたいだぞ」というセリフがかけられる。これらは姉映画として本作を読むときに重要。