これまでのあらすじ(スキップ可)
せがわ版『甲賀忍法帖』を読んだよ。
『伊賀の影丸』を読んだよ、『忍空』を読んだよ、『カムイ伝』を読んだよ、『ムジナ』を、『ニンジャスレイヤー』を、『NARUTO』を、『あずみ』を、『アイゼンファウスト』を読んだよ。楽しかったよ。楽しかったね。
そうしてたどり着いた2019年のわたしたちの忍者的気分は最悪だ。ひとことでいえば不感症に近い。もうどんな伝奇バトルにもロマンを感じなくなってしまった。忍者が出てくるものには特に。
いまや忍者はサンタクロースやキャベツ畑のコウノトリと同等の、ベタで新鮮味のない空想生物に成り下がった。江戸時代に閉じ込められ、昭和に置き去りにされた憐れむべき講談本の絶滅種。
奇跡や魔法が廃れたように、もはやどこにも忍法は存在ない。池袋の駅前に立つとそれがよくわかる。
道行く人々はどいつもこいつも世間のツラだ。あなたは幻想ではなく現実が見通している。やつらは同程度に精気がなく、ありふれていて、特徴に欠ける。カジュアルにまとめた金髪のポンパドールにジャージを着たヤンキー風の女性、Bボーイファッションに身を固めたごつい男、いかにもトロそうなパーカー姿の男の子、近寄りがたそうな雰囲気を放つ三白眼の少女。
それでも。もし。
もし彼ら彼女らが全員忍者だったとしたら?
池袋駅前の人混みを縫って『ジョン・ウィック2』ばりの暗闘を繰り広げているとすれば?
あの日のロマンは死んでいなかったとすれば?
薬師寺天膳のように?
ほんとうは、「そちらの方」が現実だとすれば?
『ヤオチノ乱』のご紹介
『ヤオチノ乱』(泉仁優一*1)は、現代日本において唯一実効的なプロのスパイ組織として生きる忍者の一族ーー八百蜘*2一族を描いたエスピオナージュまんがです。
物語は八百蜘一族内における「最終試験」から始まります。全国各地から集められた一族の若手数十名が宗家と呼ばれる中枢入りを競い、ランダムに割り当てられた二人一組でサバイバルマッチを行うのです。
戦いの舞台はJR池袋駅を中心とした二キロ四方。このフィールドに主人公コンビであるキリネとシンヤ*3は五万円のみを与えられ、身一つで放り出されます。
衣食住から戦いの装備に至るまで、すべてその五万と自らの創意工夫でまかなわければなりません。
幼少のころから宗家の一員となるべく鍛えられてきたエリート忍者のキリカは、プロ意識に乏しいぼんくら男子のシンヤにいらだちをつのらせつつも、宗家の期待に応えるべく街に潜むライバルたちをあぶり出していくのですが……というのが序盤(二巻終わりまで)の内容。
『ヤオチノ乱』のなにがよいか
その魅力はなんといっても地味さ。
地味が魅力ってなに、忍者バトルものが地味でいいの? と疑問におもわれる方もいるかもしれませんが、本作における「地味」は「シャープでスタイリッシュ」と同義です。
主人公を含めた八百蜘の忍たちは、異能バトルものに出てくるような派手な術をふるったりはしません。
彼らの「忍術」は変装や追跡といった、あくまで情報戦のためのもの。そう、情報戦。『ヤオチノ乱』は忍びたちを戦士ではなく、現代的なスパイとして再定義します。
「忍術」同様、忍者ものによく出てくる便利アイテムもあまり登場しません。てぶらで「試験」に行かされるわけですからね。どこまでも自給自足が要求されます。キリネたちはテープやソーイングセットやサングラスや水風船といったありあわせのもので即製のトラップを作り、ファミレスのストローやその袋、調味料の唐辛子から武器をこしらえるのです。
そしてトラップは寝ぐらとなるネカフェや路地裏にしかけ、食べ物はデパートの試食コーナーや討ち果たしたライバルの所持品から調達する。そうした生活臭が逆に「日常のなかに潜む忍者」のロマンを芳しいものにします。
キモとなるバトルそのものも実にハードコアです。いちおう忍者なのですから肉弾戦でも常人離れしてつよいはつよい。しかし同時に少しでも状況が不利だったり不透明だったりすれば即逃げます。戦うより逃げたり隠れたりする場面が多いくらいです。
そのような警戒心の強い忍びをどうやって捕捉し、自分たちに有利な状況へ持ちこむか。それが「試験」における焦点となります。
探索と追跡と逃走の緊迫感がデフォルメされながらも乾いてカッコいい画風によく合います。そうなんですよ。カッコいいんですよ。クールなんですよ。
主人公が千円のCD買う時に一万円渡してお釣りを受け取る描写でドキドキできるマンガがありますか?
CIA(エシュロンを使用可)にケンカふっかけてこてんぱんにされた公安が泣きながら忍者に助けを乞うマンガが他にありますか????(あ、これは三巻以降の内容だった)
「試験」後はさらに世界が拡がり*4、インターナショナルでワクワクなハードボイルド諜報戦に入りこんでいきます。
つまりは楽しさも百倍に!
しかし……ですよ。
こういった作品を「地味」以外になんと表現すればよいのでしょう。どう褒めればよいのでしょう。どうおすすめすればよいのでしょう。
あまりに低温でクールすぎて”良さ”を言語化しづらい。こうしたまんがの命は儚く短いもので、私たちはもう二度と失いたくはない。
なにかないか。なにかふさわしいことばはないか……。
???「ほっほ、お困りですかな」
!? そのブラックなボイス、六尺に達さんばかりの米津玄師じみたシルエット……あ、あなたは……
!!!!!!!千利休!!!!!!!!!!
「さすがですな。そこまで感じ入っておられるとは……」
ですが宗匠、果たして下々にまでこの””良さ””が伝わるかどうか……。
遠く南蛮(アメコミ)に至るまで、地味で良いなどとは聞いたこともござりませぬゆえ……。
「私は茶頭以前にしがない魚問屋……その私ですらシコいのです。いずれ誰もに伝わることでしょう」
「そう……この”””良さ””をこうとでも申しておきましょうか」
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「”渋い”と」
さすが宗匠〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
というわけで平成最後にして令和最初の激シブまんが『ヤオチノ乱』をよろしくな!!
〜〜完〜〜
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